準横レス・上からの演繹
投稿者: shinkuuboakagi 投稿日時: 2000/12/24 15:30 投稿番号: [415 / 35788]
竹山道夫が「昭和の精神史」で何度か使っています。結論を先に決めておいて、それに合う事実のみを拾い出し、理論構成していくやりかたです。(ブレーカー君、気をつけて)。
昭和28年(多分)に書いたこの本で竹山は左翼歴史家達を思考・結論の順序が逆になっていると批判しました。
この本は昭和31年に始まったいわゆる「昭和史論争」の嚆矢です。
左翼・遠山茂樹等の書いた「昭和史」(岩波新書)を高校生のときに読んで、どうもおかしいな、と感じていました。5.15事件や2.26事件は独占資本が自分たちの立場をより強くするために起こしたものだ」という表現です。これらの事件やそれに先行する結盟団事件などで殺されたり、殺されそうになったりしたのはまさに独占資本の元凶達だからです。「自分の立場をより強くするために自分を殺させようとする」というこの変な論理。
もう一ついいますと、カール・マンハイムのいう「存在拘束性」にも気をつけねばならないと思います。ものを考える場合、いかなる人も自己のうまれや、経験や現状から自由ではああり得ない(私にもいえる)。したがって、思考する場合はこのことを認識して、できるだけこの存在拘束性から離れないと、客観的結論は導き出せない、ということです。(ブレーカー君、気をつけて)。
これは メッセージ 370 (sikonnsyousai さん)への返信です.
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