>>こちらこそ:歴史知ってるのかBJ君
投稿者: shinkuuboakagi 投稿日時: 2001/04/26 02:19 投稿番号: [3546 / 35788]
>すでに2次大戦の直前すでに植民地経営は終わろうとしていたのです。
だったら、なぜフランスはディエンビエンフーの陥落(1954年)まで戦ったのだ。なぜオランダは4年間も戦ったのだ。なぜフランスはドゴールの登場までアルジェリアに居続けたのだ。植民地が武器を持って戦わなかったらフランス、オランダが自発的に独立を認めたのか。おろかなことういうな。
もし自発的に独立し得たとしたらそれはいつころのことになるはずだったのだ。
まあ、韓国人としては認めたくないだろうけど、東南アジアの独立は日本の影響が決定的だよ。おまけに、私は東南アジアは結果として独立したのではないと思っているけど。
>東南アジアでは植民母国に対して韓国のような激しい感情表現がないのは、悪い顔は実際華僑が担ったからです。
マレーとインドネシアでは華僑の役割が違うよ。その原因のひとつは両国における華僑の人口比率の割合のちがいだよ。(金子光晴のマレー・蘭印紀行でも読んでみたまえ。戦前の華僑の生活ぶりがわかるよ。華僑がうんと豊かになったのは戦後だよ。)
マレーとインドネシアの華僑の違いを語れというなら、いくらでも語るよ。現在の状況も。
またインドネシア人が当時自分たちが華僑に搾取されているなどとは思っていなかったよ。(確かに華僑のうち幾人かは税徴収役を担っていたけど。)搾取の張本人がオランダ人だというくらいみんな知っていたよ。君のような考えこそ現地の人間を愚弄するものだよ。
1998年5月の対華人暴動はそれまでの暴動とはかなり様相が違ったのだよ。それまでも数年おきに対華人暴動は起きていたよ。あちこちで。1998年の5月の暴動でどんなことが起きたか実際知っているの。
あのとき暴徒を鎮圧し、スハルト体制を支えるはずの国軍の一部が、多数の「ノンポリ」暴徒を軍のトラックでジャカルタの中国人がたくさん住んでいるコタ地区とか西部ジャカルタ地区に運んで騒ぎをむしろ大きくしたのだよ(この裏にはスハルトの娘婿で戦略予備軍司令官のブラヴォヲというのが絡んでいたというのはむこうで常識だけど)。騒ぎを大きくすることで、見ろ、やはりスハルトじゃなければ治まらないだろう、この国は、というのを見せたかったのだけど。
結局意図したよりも騒ぎが大きくなって、国際金融筋の圧力でスハルトはやめざるをえなかった。やぶ蛇というところだね。スハルトにつるんだ華僑は逃げ出したり、資本を海外に移したりしたけど、全部の華僑がそうしたわけではない。
これは メッセージ 3526 (bakajaps さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a4ja4bcffckdcbfma4oa1a27ya4oa4la4ka4na4aba1a9_1/3546.html