Re: 明倭交渉内容(秀吉の朝鮮侵略にて)
投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2006/10/02 23:43 投稿番号: [32956 / 35788]
>弘立将軍を呼んで酒を下し、「形勢をみて向背を決めなさい」と指示した。
やはりな。日本敗戦と同時に戦勝国気取りで大恩ある日本様を足蹴にした卑劣な民族だわ。嘲笑
ドイツと共に連合軍と戦ったオーストリア人とはエライ違い。
米英から戦勝国と認められず、サンフランシスコ講和条約への参加も拒否され醜態を晒したチョン。
>直截支配しなかったのは中国の古来からの少数民族への扱い方に起因する。
地理的に遠いので中国へ事大するかぎりは各国の王に自治を任せたのだ。
また身勝手な解釈。要するに朝鮮は文化果つる蛮族の地であり、貧しい地域だから役人が常駐するのを嫌がっただけ。支那人から見れば他の属国の方が見入りがいいからな。笑
しかし、キッチリ属国扱いをしてる。李鴻章の子分の袁世凱も高宗を這いつくばらせてる。
尤も、お前は清国が家内奴隷として朝鮮人を扱った三田渡条約を知らないだろう。1637年1月30日に一方的に押し付けられ従ったやつだ。
一、朝鮮は、清に対し、臣としての礼を尽くすこと(中略)
一、王の長子と次男、および大臣の子女を人質として送ること
一、清が明を征伐する時には、求められた期日までに、遅滞なく援軍を派遣すること
一、内外(清)の諸臣と婚姻を結び、誼を固くすること
一、城郭の増築や、修繕については、清に事前に許諾を受けること
一、清に対して黄金100両、白銀1000両と20余種の物品を歳幣(毎年納める金と品物)として上納すること
一、皇帝の誕生日である聖節、正朔である正月1日、冬至と、慶弔の使臣は、明との旧例に従って送ること(中略)
これにより李氏朝鮮はその後、19世紀に至るまで、清に毎年全国から選ばれた美女である妓生と宦官を貢いだ。
この奴隷的くびきから解放したのが日本。日清戦争勝利後、下関条約第一条で朝鮮の独立を正式に清国に認めさせた。
これが歴史の事実だ。ウェーハハハハッ
これは メッセージ 32938 (xsizepistol88 さん)への返信です.
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