Re: じゃあ金富軾も一然もウソツキかw
投稿者: justina_eto 投稿日時: 2006/06/30 08:57 投稿番号: [32181 / 35788]
>当時、国家間の条約を結ぶ時には王の家族を人質の形式で交換するのが慣例じゃないの?
そんな慣例はありません
その場合は使節の交換という事になりますが
これは「質」と史書に書かれる存在とは大いに異なります
>新羅が倭に戦争で負けて人質を送ったといっても戦争に負けるなら支配される事になるの?
微妙に違います
戦争に負けた事が即
支配された事に繋がる場合もありますが
戦争に負けた事によって
負けた相手の影響力が増し
相手側の影響下におかれる事の方が多いのです
特にヤマトと新羅の間には日本海があり
ヤマトが直接支配するのは地政学的に弊害が大きく
こういう場合にこそ
相手国である新羅を影響下におく方が
ヤマトにとっては有利であるといえます
その場合
戦勝国側からの使節と
戦勝国側に阿る官閣僚によって
国家が運営される事になります
>初期三国の中で新羅の国力は部族国家水準だったから倭の攻撃に耐えられなかったかも。
統一新羅になるまでは
新羅は大和朝廷の影響力を少なからず感じていましたし
後に統一新羅として成立してからも
唐からの防衛という観点から
(当時の)日本政府との協力は重要視されていました(→遣新羅使)
また
倭に敗北をして居ないにも関わらず
高句麗・新羅の圧迫から
倭との軍事協力を仰いで
大和朝廷の影響下に甚だしく浸りきっていた「百済」という例もあります
これは メッセージ 32178 (juwan_nim さん)への返信です.
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