Re: 倭国の方々へ<イルへ②
投稿者: samurai_06_japan 投稿日時: 2006/06/02 23:29 投稿番号: [31995 / 35788]
>サムライが韓国伝来なで剣道も自然について来たろう。
>三国時代の新羅の花朗たちが練磨した武芸、それが剣道なんだ。
>この無知な馬鹿野朗ども。
あ〜ほぉ〜〜(笑)
「剣を使った武術」なんぞ、どこの国にもあるワイ(苦笑)
それに「武士(もののふ)」の起源は「自衛武装農民」「自衛武装海運業者」だが?
あ〜〜んど。
朝鮮・中国の「剣・刀」は「片手持ち」だが。
日本の「太刀」は「諸手持ち」(これは平安時代に発祥)
平安末期・源平時代から室町時代中期には「剣術」らしき記述が見受けられるが(「平家物語(13世紀初頭)」にもあるな)
本格的な「剣術」は室町後期、所謂「戦国時代」からだが。
甲冑を装着した武者どうしの太刀による戦闘方法として「介者剣術」と呼ばれる技が「戦場から」生み出されたな。
剣術の流派の古いものは「京八流、関東七流」と伝えられるが、詳細は不明。
尤も「関東七流」からは、新当流、念流、陰流という今日現存する日本の剣術の源流とされる3流派が生じている。
戦国期も後期になるにつれ、一種の専門職としての剣術者が認識され、各地を渡り歩くようにもなった。
伊藤一刀斎景久、塚原卜伝、上泉伊勢守信綱(秀綱)、柳生石舟斎宗厳、宮本武蔵、東郷重位といった大物の開祖がこの時期に輩出している。
江戸時代(1600年代)に入り、介者剣術から平服、平時の偶発的個人の戦いを想定する素肌剣術に変わった。
また、平和な江戸時代において、禅など心法に重きをおく流派がでるなど変化していったな。
上泉信綱が永禄10年(1566年)2月に肥後の丸目蔵人佐に与えた印可が「殺人刀・活人剣」とあり、
また一刀流の本目録十四「まんじ・殺人刀・活人剣」という名前がみられるように、
武術に対して他の禅の用語と同じく大きな影響を与えている。
また、江戸時代には撓(「しない」新陰流開祖・上泉伊勢守秀綱が考案した)、竹刀と防具の発明により、実際に相手の体を打突する打ち込み稽古中心の道場ができ、
平和な時代の経済の発展の中で、門人を多く集めて月謝収入を得るという利益から、
家禄が少ないが身体壮健な武家の浪人などが現金収入を得るかっこうの副業として、江戸幕府から武術を教えることを禁じられた
町人、百姓への剣術の門戸開放も進めた町道場が各地に栄え、農民層にまで剣術が浸透するようになった。
この当時に発祥した代表的な流派が、北辰一刀流、神道無念流、鏡心明智流、天然理心流、薬丸自顕流等、等々だが。
これら「剣術」の「竹刀稽古」を「競技化」させたのが「剣道」なのだが?
「剣道」としたのは、「大日本武紱會」が1920年(大正8年)剣術を「剣道」と名称を改めたんだが?ん?(笑)
で?お前さんの言う「新羅の花朗たちが練磨した武芸」って、具体的にどんなの?
どんな技術体系で、どんな思想体系があったの?
その発祥は?成立環境は?
日本へはどうやって伝わり、日本の剣術にどうやって影響を及ぼしたの?ん?(笑)
>>陶磁器は、朝鮮にも優れたモノがあったけど、起源は中国。
>嘘もほどほどにしろ、18セキや。
>高麗青磁、朝鮮白磁が中国から来たと?できるのは
>寝言だけの脳みその足りない倭寇。w
阿呆かい?
「高麗青磁」「朝鮮白磁」は、半島で作られたものだが(それ自体は事実)
「陶『磁』器」の発祥は11世紀の北宋と言われ、景徳鎮が産地として特に有名。
その後高麗に焼成技術が伝えられ「高麗青磁」が生まれたな。
ただ「青磁」自体は殷の時代に遡る灰釉から発展した。
青磁と呼ぶことのできる釉が現れるのは、後漢〜西晋時代の江南地方であり、越州窯(浙江省)の青磁が有名。
それ以前の灰釉と青磁釉の中間的な釉をもつ陶磁器を「初期青磁」と呼ぶこともあるが。
北宋時代後半から南宋時代が最盛期で、耀州窯(陜西省)、龍泉窯(浙江省)、南宋官窯(浙江省)や汝窯(河南省)などが名窯として知られているな。
>三国時代の新羅の花朗たちが練磨した武芸、それが剣道なんだ。
>この無知な馬鹿野朗ども。
あ〜ほぉ〜〜(笑)
「剣を使った武術」なんぞ、どこの国にもあるワイ(苦笑)
それに「武士(もののふ)」の起源は「自衛武装農民」「自衛武装海運業者」だが?
あ〜〜んど。
朝鮮・中国の「剣・刀」は「片手持ち」だが。
日本の「太刀」は「諸手持ち」(これは平安時代に発祥)
平安末期・源平時代から室町時代中期には「剣術」らしき記述が見受けられるが(「平家物語(13世紀初頭)」にもあるな)
本格的な「剣術」は室町後期、所謂「戦国時代」からだが。
甲冑を装着した武者どうしの太刀による戦闘方法として「介者剣術」と呼ばれる技が「戦場から」生み出されたな。
剣術の流派の古いものは「京八流、関東七流」と伝えられるが、詳細は不明。
尤も「関東七流」からは、新当流、念流、陰流という今日現存する日本の剣術の源流とされる3流派が生じている。
戦国期も後期になるにつれ、一種の専門職としての剣術者が認識され、各地を渡り歩くようにもなった。
伊藤一刀斎景久、塚原卜伝、上泉伊勢守信綱(秀綱)、柳生石舟斎宗厳、宮本武蔵、東郷重位といった大物の開祖がこの時期に輩出している。
江戸時代(1600年代)に入り、介者剣術から平服、平時の偶発的個人の戦いを想定する素肌剣術に変わった。
また、平和な江戸時代において、禅など心法に重きをおく流派がでるなど変化していったな。
上泉信綱が永禄10年(1566年)2月に肥後の丸目蔵人佐に与えた印可が「殺人刀・活人剣」とあり、
また一刀流の本目録十四「まんじ・殺人刀・活人剣」という名前がみられるように、
武術に対して他の禅の用語と同じく大きな影響を与えている。
また、江戸時代には撓(「しない」新陰流開祖・上泉伊勢守秀綱が考案した)、竹刀と防具の発明により、実際に相手の体を打突する打ち込み稽古中心の道場ができ、
平和な時代の経済の発展の中で、門人を多く集めて月謝収入を得るという利益から、
家禄が少ないが身体壮健な武家の浪人などが現金収入を得るかっこうの副業として、江戸幕府から武術を教えることを禁じられた
町人、百姓への剣術の門戸開放も進めた町道場が各地に栄え、農民層にまで剣術が浸透するようになった。
この当時に発祥した代表的な流派が、北辰一刀流、神道無念流、鏡心明智流、天然理心流、薬丸自顕流等、等々だが。
これら「剣術」の「竹刀稽古」を「競技化」させたのが「剣道」なのだが?
「剣道」としたのは、「大日本武紱會」が1920年(大正8年)剣術を「剣道」と名称を改めたんだが?ん?(笑)
で?お前さんの言う「新羅の花朗たちが練磨した武芸」って、具体的にどんなの?
どんな技術体系で、どんな思想体系があったの?
その発祥は?成立環境は?
日本へはどうやって伝わり、日本の剣術にどうやって影響を及ぼしたの?ん?(笑)
>>陶磁器は、朝鮮にも優れたモノがあったけど、起源は中国。
>嘘もほどほどにしろ、18セキや。
>高麗青磁、朝鮮白磁が中国から来たと?できるのは
>寝言だけの脳みその足りない倭寇。w
阿呆かい?
「高麗青磁」「朝鮮白磁」は、半島で作られたものだが(それ自体は事実)
「陶『磁』器」の発祥は11世紀の北宋と言われ、景徳鎮が産地として特に有名。
その後高麗に焼成技術が伝えられ「高麗青磁」が生まれたな。
ただ「青磁」自体は殷の時代に遡る灰釉から発展した。
青磁と呼ぶことのできる釉が現れるのは、後漢〜西晋時代の江南地方であり、越州窯(浙江省)の青磁が有名。
それ以前の灰釉と青磁釉の中間的な釉をもつ陶磁器を「初期青磁」と呼ぶこともあるが。
北宋時代後半から南宋時代が最盛期で、耀州窯(陜西省)、龍泉窯(浙江省)、南宋官窯(浙江省)や汝窯(河南省)などが名窯として知られているな。
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