なぜ日本人は、嫌われるのか?

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サル顔屈磨き、笑点

投稿者: bianchi20022002 投稿日時: 2002/11/16 23:00 投稿番号: [20640 / 35788]
>>日本が脱亜入欧の過程で蝦夷・沖縄などに対する態度をガラリと変えたのも事実。

>この文脈で「脱亜入欧」は不自然。

ど−こがぁ−?(笑

>日本は当時、列強の脅威に対抗すべく、「富国強兵」に勤めていた。

そ−だよ。

>「脱亜入欧」はその為の手段でしかなく、

ぷっ、手段????

>王政復古は欧米の「近代化」にそぐわないことからも明らか。

明治時代ってのは2年ぐらいで終わったのかぁ?(爆

>よって、この文は

>「日本が富国強兵の過程で蝦夷・沖縄などに対する態度をガラリと変えた」
が正解。


あぁ、ご苦労さん。でもサル顔の解釈なんて興味ないから屈磨いてていいよ(爆

>沖縄、北海道は、特に列強に切り取られる危険が大きかったので
強引に中央集権下に引き入れられたと言うのが事実。

で?(笑

明治政府は、一つには、先に見た方向で欧米との関係を「文明国」の支配する「万国公法」の世界にかなう形に組みかえる努力をかさねた。その結果が最終的には1894のイギリスとの新条約(日英通商航海条約)の締結によって一応達成される。・・・・・いま一つは、中国・朝鮮をはじめとする近隣のアジア諸国との関係や、近世以来一方で「大君外交体制」に組み込まれながら他方で清国にも「朝貢」するという複雑な地位にあった「琉球」の「帰属問題」を再編成することなどである。それは清国との「近代的」外交関係の樹立(日清修好条規、1871)、朝鮮との関係の再編成(日朝修好条規、1876)、「沖縄県」の設置(1879)などを通じて進められていったが、その際明治政府がとった基本方針は、いちはやく自分を「文明国」側におき、軍事力を背景に「万国公法」型の秩序を相手側におしつける方向で、旧来の外交関係を再編成することであった。これがいわゆる「脱亜」の内容である。
近代日本の軌跡 3 / 日清・日露戦争 / 井口和起 編 / 吉川弘文館

まぁ、サル顔押しながら参考にでもしてくれや(屈屈屈


>朝鮮人や中国人は何かというと「脱亜入欧」を言いたがる。

そりゃ−東洋社会にとっての背信行為だし、そんでもって今現在大成功した日本のキ−ポイントだからな。

なんか言われるとヤなのか?後ろめたいとか?(煮え切らないサル顔笑

>の、割りにむしろ、欧米へのコンプレックスが大きいのがこの奴らなんだから笑える。

あ−ん?????
東洋社会の背信者で成功しちゃった日本にコンプレックス持つこた−あるだろうが欧米コンプレックスぅ−?????自分の事(日本)棚に上げてよ−ゆ−ぜ、ギャハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!
そんなにコンプレックス持ってんの?大変だなオマエの場合?「朝鮮コンプレックスで欧米コンプレックスもありましゅぅ−」ってかぁ−???ギャハハハハハハハハハハハハハハのハ!!!!!!




















コ−ンフレ−クス食い過ぎんなよぉ−!!!!!(ケロッグのオマケ笑
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