松井岩根
投稿者: kuuboakagi123 投稿日時: 2002/11/13 02:18 投稿番号: [20613 / 35788]
http://isweb9.infoseek.co.jp/diary/windsban/SITISI/SITISI.HTM
中国戦線での松井の話は別の人間が何度かしていたので、ここでは別のトピックス。
2.26事件のまえ、相澤事件の前に、相澤自身が村中孝次、磯部浅一等の士官学校事件での無実を訴えるために真崎大将に会いに伊豆に向かった。ある旅館で真崎のことを尋ねると、真崎大将の動向は知らないが、松井松井大将ならある別荘でえらいかたがたと会合しているとのこと。
村中大尉が出した「粛軍に関する意見書」のなかで、このときのことがかかれているが、これは村中が相澤から聞いたことをそのまま書いたものであろう。
「松井大将が別荘で15人ほどを集めて何か謀議せる事実があります。ご調査願います」
これをみると、松井が統制派であったことがわかる。
相澤が辻正信と顔を合わせると辻がそわそわしたらしい。
これらは昭和10年の相澤事件の年のできごと。
末松太平「私の昭和史」
松井日記の改竄のことは左翼のネットにでていたな。
松井のことは秦の南京事件のp224からかなり詳しくのってるぞ。松井大将涙の訓示も。マア、秦は南京虐殺は会った、が、その数は数万派だがな。
これは メッセージ 20610 (bianchi20022002 さん)への返信です.
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