なぜ日本人は、嫌われるのか?

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山鹿素行「中朝事実」

投稿者: yamabiko_ng 投稿日時: 2001/03/01 01:04 投稿番号: [1527 / 35788]
  千早さん、はじめまして。しかしまあ、論点があまりにこんがらがって、どこから手をつけたら良いかサッパリわかりませんが(もう少しトピックの内容を具体的にすれば良かったのかも知れないと端から見ていた者には思えます)、ちょうどいいところであなたが雑談して下さったのでちょっとぼくの思うところを述べさせていただきます。そもそも、日本が儒教をどの様に受容したのか、という話がこのトピにいかなる貢献をするかさっぱりわかりませんので、ぼくの話は千早さんに数等劣る純粋な雑談です。

  韓国の方が日本より儒教を厳密に受容したというのがぼくの認識ですが、儒教を中途半端にしか受容しなかった日本を、中途半端にしか受容しなかったゆえに嫌いだという認識が韓国人に広くあるのなら、その観点でのみ、儒教の話がこのトピの主旨に合致するのではないかと思います。ここまでは余談。こっから雑談。

  山鹿素行の著作に「中朝事実」というのがあります。この本は江戸時代に書かれた日本こそ中国であるという主張をしている本でして、この中に出てくる「中国」とは日本のことで「中国=日本」と読み替えないと今の読者にはサッパリ分からない代物です。

  だけども実体としての日本は「中国」と呼べるような国ではなかったことは恐らくぼくより千早さんの方がよくご存知でしょう。江戸幕府は戦国時代の体制を凍結したままの体制であり、戦国時代から徳川時代に移るに相応しい体制を幕府はついに創造しえなかった。その幕府がいかに朱子学を官学にしようとも、中国と同じ様に機能しなくても当然でしょう。戦国時代の体制の正統性を朱子学によって附与しようというのですから。とは申せ、ぼくは何もこの時代の儒学者たちを非難しようというのではありません。そんなことは日本的儒教の負の遺産に徹底的に苦しめられた昭和を知っている人間の賢しらに過ぎず、いつの時代でも、又どこの国でもそこにいた人間は皆精一杯生きたのに違いないからです。

  ぼくが江戸時代の思想史に興味を持つ理由は、戦国時代の体制の正統性を朱子学によって附与しようという無理が発端となる儒学者たちの多様性ゆえです。ここにぼくは日本人のオリジナリティ・創造性を見るのです。夜も遅いので、尻切れ蜻蛉ですが、この辺で失礼します。最後にこのような険悪なムードの中で雑談と称し、日韓についての比較文化論的アプローチを軽々となさるその見識の高さに敬意を表します。
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