Bさん気分転換にこんな話はどうですか
投稿者: tihaya3 投稿日時: 2001/02/27 19:25 投稿番号: [1494 / 35788]
BrandenburgerTor_Gさん、こんばんは。
皆さんへの返事にお忙しいでしょうから、気分転換に周辺の雑談をしましょう。
私は明治維新を成し遂げた人間に儒教の影響がないなんて恐ろしいことはいいません。しかしBさんのおっしゃている儒教と、当時の武士や豪商階級の言っている儒教の受け取り方と、朝鮮の方が認識している儒教の内容が違っていると思えるのです。
その根本理由は機会があれば述べるとして、この認識が大幅にずれていないとすると、あなたは朝鮮民族の儒教の受け取り方をそのまま普遍して日本人の武士階級が明治維新の革命に使ったと思いたいよう見えるのです。
私が幾つかの資料から、明治時代のこの人のこのような判断は恐らく儒教のこの本からの考え方を使ったのだろうと思われる点を数多く指摘できます。その指摘出来る内容は現代社会で言うと、武士道精神の規範部分であろうと思います。さらに誤解されるといやなので、武士道精神も儒教の考えをそのまま使ったのでなく、日本古来の伝統文化やすでに存在していた規範や考え方と共鳴する部分を儒教から再発見している面が多いのです。
再発見という意味は本来は日本人が持っていた規範と類似なものを儒教の中に発見して、自らの価値観を再確認するという意味ですから、儒教の中身を本来のものと読み違えているケースでさえ数多くあります。もちろん日本の思想になかったものを儒教から発見した場合も数多くあります。その場合も儒教の思想を聖書のごとく受け取るのでなく、好き勝手に換骨奪還している様子がありありとあります。
日本帝国軍人になった朝鮮出身士官の一人が、国を救うために軍を抜け、友人の軍人の拳銃を借り出しました。借り出した中を取り持った朝鮮人が不逞な朝鮮人ということで、憲兵に逮捕されます。拳銃には番号が振ってありますから、誰の持ち物かわかります。厳しい詮議があった筈ですが、どこからともなく「何も言うな」という指示が出て曖昧に終わってしまったそうです。
当時の日本人は義という言葉を知っていましたし、祖国のために命を掛けるという事には、たとえ敵であっても大いに共鳴したのでしょう。儒教は本来は組織より血縁を重視する教えで、その意味では朱子学は異端ですが、当時の日本人は儒教を勉強して、そこまで思想を熟成していた事例だと思います。ところが義というのは朱子学では本来は政治的正統性を言う言葉です。この話は幾ら考えても政治的正当性を述べていません。法の社会とまったく違った基準になっています。
この何も言うなと指示した上司が誰かはわかりませんが、想像すると国を思う気持ち、郷土愛にも共鳴したでしょうし、さらに重要なのは自らの基準で自分を律するのでなく、相手も同様に律しているという点です。儒教ででてくる血縁重視の思想とはまったく違う思想に転換している点です。このような武士は江戸時代に何人もいました。
このような面、個人の道徳倫理面でかつそれを日本人なりに解釈して、違ったものにしてしまう過程での種としての儒教の影響は大きいと私は考えています。
比喩としてあっているかどうか判断しにくいですが、輸出産業の勇者、自動車、精密工具、機械加工工具、コピー機械など輸入した技術を洗練させて、別のものを造った例と同じパターンを私は感じますから、これを否定することは日本人の創造性を否定することになりかねないので、あなたの議論にどうしても賛成できないのです。
皆さんへの返事にお忙しいでしょうから、気分転換に周辺の雑談をしましょう。
私は明治維新を成し遂げた人間に儒教の影響がないなんて恐ろしいことはいいません。しかしBさんのおっしゃている儒教と、当時の武士や豪商階級の言っている儒教の受け取り方と、朝鮮の方が認識している儒教の内容が違っていると思えるのです。
その根本理由は機会があれば述べるとして、この認識が大幅にずれていないとすると、あなたは朝鮮民族の儒教の受け取り方をそのまま普遍して日本人の武士階級が明治維新の革命に使ったと思いたいよう見えるのです。
私が幾つかの資料から、明治時代のこの人のこのような判断は恐らく儒教のこの本からの考え方を使ったのだろうと思われる点を数多く指摘できます。その指摘出来る内容は現代社会で言うと、武士道精神の規範部分であろうと思います。さらに誤解されるといやなので、武士道精神も儒教の考えをそのまま使ったのでなく、日本古来の伝統文化やすでに存在していた規範や考え方と共鳴する部分を儒教から再発見している面が多いのです。
再発見という意味は本来は日本人が持っていた規範と類似なものを儒教の中に発見して、自らの価値観を再確認するという意味ですから、儒教の中身を本来のものと読み違えているケースでさえ数多くあります。もちろん日本の思想になかったものを儒教から発見した場合も数多くあります。その場合も儒教の思想を聖書のごとく受け取るのでなく、好き勝手に換骨奪還している様子がありありとあります。
日本帝国軍人になった朝鮮出身士官の一人が、国を救うために軍を抜け、友人の軍人の拳銃を借り出しました。借り出した中を取り持った朝鮮人が不逞な朝鮮人ということで、憲兵に逮捕されます。拳銃には番号が振ってありますから、誰の持ち物かわかります。厳しい詮議があった筈ですが、どこからともなく「何も言うな」という指示が出て曖昧に終わってしまったそうです。
当時の日本人は義という言葉を知っていましたし、祖国のために命を掛けるという事には、たとえ敵であっても大いに共鳴したのでしょう。儒教は本来は組織より血縁を重視する教えで、その意味では朱子学は異端ですが、当時の日本人は儒教を勉強して、そこまで思想を熟成していた事例だと思います。ところが義というのは朱子学では本来は政治的正統性を言う言葉です。この話は幾ら考えても政治的正当性を述べていません。法の社会とまったく違った基準になっています。
この何も言うなと指示した上司が誰かはわかりませんが、想像すると国を思う気持ち、郷土愛にも共鳴したでしょうし、さらに重要なのは自らの基準で自分を律するのでなく、相手も同様に律しているという点です。儒教ででてくる血縁重視の思想とはまったく違う思想に転換している点です。このような武士は江戸時代に何人もいました。
このような面、個人の道徳倫理面でかつそれを日本人なりに解釈して、違ったものにしてしまう過程での種としての儒教の影響は大きいと私は考えています。
比喩としてあっているかどうか判断しにくいですが、輸出産業の勇者、自動車、精密工具、機械加工工具、コピー機械など輸入した技術を洗練させて、別のものを造った例と同じパターンを私は感じますから、これを否定することは日本人の創造性を否定することになりかねないので、あなたの議論にどうしても賛成できないのです。
これは メッセージ 1479 (BrandenburgerTor_G さん)への返信です.