教えてくれませんか
投稿者: tihaya3 投稿日時: 2001/02/24 21:56 投稿番号: [1429 / 35788]
BrandenburugerTorGさん、こんばんは。
初めてレスします。
儒教の話、興味深く読ませてもらいました。
幾つか私の理解と違う点がありそうなので、参考に読んでください。
江戸時代の武士階級(全国で7%程度)の教養は儒教であった事は間違いないでしょう。中華の思想が政治的救済によって世の中を良くしてゆくという宗教とは一概に言えない伝統の中での儒教で、得に朱子学はその正統性論から、最終的に徳川幕府の息のねを止める理論的役割の一環を果たしたことも間違いないようですから、ある意味で政治的な使われ方もしてもいます。
ただ一般的な理解で言うと、武士階級は儒教を士大夫が統制する政治的思想と捕らえず、個人の道徳規範と捕らえていたようです。これも明らかに中華の儒教とは違った日本的儒教とでも言う捕らえ方でしょう。
具体例でいうと、忠孝一致なんて思想は儒教にはありません。忠と考が不一致の場合は、何度かやっても駄目なら、考を取るのが儒教の考え方です。日本が儒教の劣等生であったという意味から、おっしゃられる日本が江戸時代でさえ儒教を理解していない点は納得できます。これが悪かったか、よかったかは別の問題で、中華の儒教を真理と仮定すると、そのようになります。
ただ人口の大多数でかつ本が読める階級は人口の40%以上いたといわれていますが、当たり前で読み書きそろばんが出来ないと商売が出来ませんから、貨幣経済は当たり前のこと、手形取引という信用経済まで実施されていたのですから、当然の話でもあります。
この人口の大多数、商業人口は石田心学をベースにした商業規範、農業人口は浄土真宗を代表例とする自省の宗教を持っており、これらの人口のポテンシャルの影響は、開国後も大きかったと考えています。
このあたりの影響も儒教以上に日本と朝鮮の差異になっているように思えます。
江戸が終わってからでも高級知識人の一般教養は大正初期までは儒教であったようです。でもそれを儒教本来の政治的思想として使ったという記録はあるのでしょうか。儒教をどうつかったかというと、相変わらず断章取儀で、部分的な意味を把握して、日本人として使いやすいように使ったという記録はあります。何か資料でもあったら教えてくれませんか。
これは メッセージ 1419 (BrandenburgerTor_G さん)への返信です.
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