>朝鮮の義理
投稿者: bakajaps 投稿日時: 2001/12/14 09:53 投稿番号: [14015 / 35788]
そもそも義理というのは、なんだかを考えなきゃいけないが、朝鮮の明朝、或は清朝に対しての義理というのは、文字通りの「義理」以外に安保と深く関わっていたんだよ。
>清と明、朝鮮連合のサルフの戦いでは、朝鮮軍は時期を見計らって寝返ろ、という内密の通達があったとか。
それは義理と実利の間での苦難の選択だったんじゃないか。もし、朝鮮は基本的に明朝と清朝の勢力争いに巻き込まれたくなかったんだよ。今のアメリカとアフガニスタンの対決に幾らアメリカがアメリカに協力しろと強制されても、日本からみるとそんなにやる気の出ない戦争じゃないのか?
明朝の要求によってやむを得ず明・清の戦いに出兵するが、朝鮮は清朝本気で戦うつもりではなかったんだ。
>実際、明軍を裏切り、清軍とともに華北になだれ込んでますよね。
裏切りというなら、明朝の要請を黙殺するか、清朝の側に立っただろ。しかし、朝鮮は争いは避けたいと思いつつ、基本的には明朝に協力し、揚句は清朝の侵略を受ける羽目になったんだよ。
>そのあとに清に朝貢せい、といわれたのを形式に合わない、明が宗主国だ、との考えから拒否し、清軍の侵攻を招いたんじゃないですか?
清朝が朝鮮を攻撃した主な理由は、明朝を後援する勢力として朝鮮の存在があったからでしょう。そもそも中原を統一するに朝鮮の力を押さえとく必要があったでしょう。幾ら明朝が弱くなったとしても、明朝は漢族、清朝は満州族。いわば少数民族が大陸を押さえるには常に不安な要素がある。その不安な要素が朝鮮或は他の中国近隣諸国の援助を得、勢力を拡張する時、清朝として困るわけじゃないか。更に、清朝が朝鮮を侵略した時は、清朝はまだ大陸へと勢力を伸ばしてなかったし。大陸を押さえようとする清朝が背後に朝鮮という明朝の協力者をほっとくのは、危険すぎることでしょう。だから、清朝は朝鮮を攻略して朝鮮を押さえとく必要があったでしょう。その口実は「朝貢」の問題になったり、違う問題になったり、口実は作れば言訳だから。雲揚号は、軍艦のくせに水も充分確保せずに航海に出た情けない口実で朝鮮領土を侵入したわけだし。
>清朝への義理をすてられなかった、といいますが、私は日本に対する蔑視があったのが最大の理由だと思います。
当時の方が今より日本への蔑視はなかったと思うが。朝鮮国王は何十回にわたり、日本大君即ち「将軍」国書をやり取りしたわけだ。朝鮮は日本の幕府の将軍が「国王」と名乗って、朝鮮と対等な関係にある事を願ってたが、大君と名乗ったのが、幕府自ら天皇家を遠慮してそう自称したのだ。だから、称号の問題の中身を分かっていた朝鮮朝廷は、日本が幾ら大君という名で国書を送って来ても、ちゃんと対等な関係で国書のやりとりをしていたんだ。もし、朝鮮が日本の事を蔑視したら、朝鮮が江戸幕府を通交した訳が説明できなくなるし、更にはフランス、アメリカのように戦わず、日本に扉を開くことはなかったでしょう。
蔑視は寧ろ日本国内で高まっていたのではないでしょうか?
>日清戦争前後、閔氏政権は清の後ろ盾を、大院君は対抗するため日本の後ろ盾を必要としていたに過ぎない。政権の争いがあっただけで、清朝への義理が主な理由とは到底考えられませんね。
この話しはちょっと考える必要があります。今の貴方のご意見は正しく旧御用学者のような意見ですね。従来の日本人学者はこのような解釈を好んでいたわけで、その方向に研究が合わせていて、100年以上も経った現在に至ってはそのような意見がまるで事実かのように多くの人達の意見を紛らわせていますが、違います。この話しは長くなるので、取りあえず今回はやめ、今度改めて語りましょう。
>朝鮮人はほんとに閔妃をあがめてるんですかね?
今の日本人は美智子妃をあげめてないでしょうかね。
>この無能な政権のせいで、民衆は苦しんだのだと思いますが。
そういう風にしたのは、日本人だったでしょ。明治政府は、朝鮮の民衆に朝鮮の皇后陛下を焼き殺したことを隠蔽する必要があったし、殺さねばならぬ罪を捏造する必要せいを感じたんでしょ。それで、皇后陛下の功績を引き下げる必要があったからでしょう。
日帝は朝鮮を侵略するに様々な理由を作る必要があったのですよ。ご存じの通り、明治政府の人間も基本的には儒教の理念を学び、尊重した人間だったら、相手を勝手にするにはそれなりの大義名分が必要だったのです。そこで、学者を動員し、朝鮮に問題が一杯あったかのように描写する必要があったのです。貴方の意見はその捏造された御用学者の意見をそのまま繰り返すだけだと思いますが。
>清と明、朝鮮連合のサルフの戦いでは、朝鮮軍は時期を見計らって寝返ろ、という内密の通達があったとか。
それは義理と実利の間での苦難の選択だったんじゃないか。もし、朝鮮は基本的に明朝と清朝の勢力争いに巻き込まれたくなかったんだよ。今のアメリカとアフガニスタンの対決に幾らアメリカがアメリカに協力しろと強制されても、日本からみるとそんなにやる気の出ない戦争じゃないのか?
明朝の要求によってやむを得ず明・清の戦いに出兵するが、朝鮮は清朝本気で戦うつもりではなかったんだ。
>実際、明軍を裏切り、清軍とともに華北になだれ込んでますよね。
裏切りというなら、明朝の要請を黙殺するか、清朝の側に立っただろ。しかし、朝鮮は争いは避けたいと思いつつ、基本的には明朝に協力し、揚句は清朝の侵略を受ける羽目になったんだよ。
>そのあとに清に朝貢せい、といわれたのを形式に合わない、明が宗主国だ、との考えから拒否し、清軍の侵攻を招いたんじゃないですか?
清朝が朝鮮を攻撃した主な理由は、明朝を後援する勢力として朝鮮の存在があったからでしょう。そもそも中原を統一するに朝鮮の力を押さえとく必要があったでしょう。幾ら明朝が弱くなったとしても、明朝は漢族、清朝は満州族。いわば少数民族が大陸を押さえるには常に不安な要素がある。その不安な要素が朝鮮或は他の中国近隣諸国の援助を得、勢力を拡張する時、清朝として困るわけじゃないか。更に、清朝が朝鮮を侵略した時は、清朝はまだ大陸へと勢力を伸ばしてなかったし。大陸を押さえようとする清朝が背後に朝鮮という明朝の協力者をほっとくのは、危険すぎることでしょう。だから、清朝は朝鮮を攻略して朝鮮を押さえとく必要があったでしょう。その口実は「朝貢」の問題になったり、違う問題になったり、口実は作れば言訳だから。雲揚号は、軍艦のくせに水も充分確保せずに航海に出た情けない口実で朝鮮領土を侵入したわけだし。
>清朝への義理をすてられなかった、といいますが、私は日本に対する蔑視があったのが最大の理由だと思います。
当時の方が今より日本への蔑視はなかったと思うが。朝鮮国王は何十回にわたり、日本大君即ち「将軍」国書をやり取りしたわけだ。朝鮮は日本の幕府の将軍が「国王」と名乗って、朝鮮と対等な関係にある事を願ってたが、大君と名乗ったのが、幕府自ら天皇家を遠慮してそう自称したのだ。だから、称号の問題の中身を分かっていた朝鮮朝廷は、日本が幾ら大君という名で国書を送って来ても、ちゃんと対等な関係で国書のやりとりをしていたんだ。もし、朝鮮が日本の事を蔑視したら、朝鮮が江戸幕府を通交した訳が説明できなくなるし、更にはフランス、アメリカのように戦わず、日本に扉を開くことはなかったでしょう。
蔑視は寧ろ日本国内で高まっていたのではないでしょうか?
>日清戦争前後、閔氏政権は清の後ろ盾を、大院君は対抗するため日本の後ろ盾を必要としていたに過ぎない。政権の争いがあっただけで、清朝への義理が主な理由とは到底考えられませんね。
この話しはちょっと考える必要があります。今の貴方のご意見は正しく旧御用学者のような意見ですね。従来の日本人学者はこのような解釈を好んでいたわけで、その方向に研究が合わせていて、100年以上も経った現在に至ってはそのような意見がまるで事実かのように多くの人達の意見を紛らわせていますが、違います。この話しは長くなるので、取りあえず今回はやめ、今度改めて語りましょう。
>朝鮮人はほんとに閔妃をあがめてるんですかね?
今の日本人は美智子妃をあげめてないでしょうかね。
>この無能な政権のせいで、民衆は苦しんだのだと思いますが。
そういう風にしたのは、日本人だったでしょ。明治政府は、朝鮮の民衆に朝鮮の皇后陛下を焼き殺したことを隠蔽する必要があったし、殺さねばならぬ罪を捏造する必要せいを感じたんでしょ。それで、皇后陛下の功績を引き下げる必要があったからでしょう。
日帝は朝鮮を侵略するに様々な理由を作る必要があったのですよ。ご存じの通り、明治政府の人間も基本的には儒教の理念を学び、尊重した人間だったら、相手を勝手にするにはそれなりの大義名分が必要だったのです。そこで、学者を動員し、朝鮮に問題が一杯あったかのように描写する必要があったのです。貴方の意見はその捏造された御用学者の意見をそのまま繰り返すだけだと思いますが。
これは メッセージ 14006 (kessenfrank2 さん)への返信です.