李圭泰コーナー】日本の桓武王
投稿者: davidpkjp 投稿日時: 2002/10/30 15:04 投稿番号: [96286 / 203793]
李圭泰コーナー】日本の桓武王 (2001.12.24)
日本の古都・京都の平野町に、平野神社がある。この神社の存在が町名になっているだけに歴史豊かで、神社の格式も最高位にある。ここに祀られている今木神は、まさに日本の第50代日王・桓武王の母方の祖父になる。今木というのは、外国から渡ってきた渡来人という意味で百済を意味し、今木神は桓武王を産んだ皇后側の祖父だ。12世紀の王室で詠まれていた御歌に「桓武王の母方の祖父は百済の武寧王の5代目の子孫」という題が出てくるところをみると、桓武王は武寧王の9代目の子孫となる。代々下級官吏をしてきた家系に生まれたこの百済の娘が、桓武王の父親である王の目にとまった。2男1女をもうけ、そのうちの一人の王子が桓武王として日本の歴史に登場、まさにこの桓武王と明治王という言葉があるだけに名君となる。ただ、渡来人だったためか、下級官吏のむすめだったためか、正妻ではない側室として満足せざるをえず、息子である桓武王が即位してようやく先代の王の后妃として支えたという。
現在125代目の王である今上日王(明仁)が、「桓武王の生母が百済の武寧王の子孫」という「続日本紀」の記録を引用、日本の王室に韓国の血が流れていることに触れたことで、これまで韓国の血を拒否し沈黙してきた王室のルーツをはっきりと示すことになった。
すでに6〜7世紀、日本の大和朝廷時代に百済との密接な交流により、日本の王室に韓国の血が流れている可能性は高い。例えば、当時の権力者である蘇我氏の血統をみると、蘇我韓、蘇我高麗、蘇我稲目、蘇我馬子と世襲されているが、この名前だけを見ても韓国系であることが明らかだ。蘇我稲目は当時王妃の実父だった。彼の息子・蘇我馬子は、新王のいとこであり、二人の娘のうち一人が舒明王だ。王室に韓国の血が流れていることへの拒否感を感じるためか、日本の学者は蘇我氏が百済系であることを隠しているが、今後この是非をめぐって議論すべきことだろう。日本の王室に韓国の血が流れていることは、同化政策を行うときに打ち立てた韓日同祖論から取り上げられ悪用されたこともあるが、今回の日王の発言は、普段から日本の王室に伝えられてきた素直な常識だと思う。
これは メッセージ 1 (retribution さん)への返信です.
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