日本統治下、ゲリラすらなかった
投稿者: korean_blues 投稿日時: 2001/07/15 23:46 投稿番号: [9330 / 203793]
日本が降伏した後も、同じであった。
日本は、8月15日、ポツダム宣言を受諾したが日本帝国の朝鮮支配は
まだ終わっていなかった「解放記念日」(光復節)といわれた8月15
日も、日章旗は、日本の朝鮮支配のシンボルたる総督府にも、李王朝の
シンボルたる景福宮にも、役所にも工場にも学校にもひるがえっていた
のである。自由朝鮮の国旗たるべき太極旗はすぐにおろされてしまった。
これに対し、革命の指導者も、独立の志士も、何一つできなかった。
民衆も、昨日のごとく今日もありなんとばかり、座したままであった。
このことは銘記されなければならない。
(中略)
アメリカが交渉として選んだのは、朝鮮総督府であり、アメリカ軍が気に
したのは、上月良夫中将の朝鮮軍管区軍(もちろん日本軍)であった。
8月15日のポツダム宣言から9月9日の、朝鮮総督府、朝鮮軍管区軍の
沖縄二十四軍団への降伏がなされるまで、韓国における統治は、なお総督府
の手にあり、朝鮮軍管区軍によって治安は保たれていた。
郡民蜂起もなく、いわんや革命もなかった。
「反日帝」の指導者はみんなまごまごするだけで何をどうしてよいのかわか
らなかった。
このことがもつ、歴史的重大性は、強調されすぎることはない。
(中略)
上海における「大韓臨時政府」は、大東亜戦争が勃発したとき、形式的には
大日本帝国に宣戦した。だが、それっきり。韓国光復軍は、連合軍を助けて
対日戦闘に参加したことは一度もなかった。
大韓臨時政府と韓国光復軍には八路軍(中国共産党軍)などとは違って、
日本軍と正式に会戦したらとても勝てないから、せめてゲリラ戦でも。この
発想がなかった。
もし韓国光復軍が、一度でも日本軍と交戦したならば、韓国は、連合軍の
一員として認められだろう。それが無理ならば、せめて対日ゲリラぐらい
展開していれば、韓国政府は、より早く、より確実に、朝鮮半島の人心を
つかんでいたことであろう。
ことによると、朝鮮戦争など起きなかったかもしれない。
これは メッセージ 1 (retribution さん)への返信です.
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