hanman0579さん
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2002/09/27 01:42 投稿番号: [87717 / 203793]
夕方はどうもご苦労さまでした。
韓国の主張は大体こんな感じでしょう。他も大同小異です。
http://www.nova121.com/dokdo/es1.htm
1904年の日露戦争、1910年のウルサ条約以後に「日本海」が定着したのが定説とのこと。そして、提示されているといえばやはり「朝鮮海」のものばかり。例のごとく日本の調査は全くの無視。これじゃ、何も知らない人は韓国の主張が当然だと考えるわな。だから、洗脳だというのです。
さて、これに先ほどの外務省の資料を付け足してみて下さい。さらに、大阪大学所蔵の古地図を100枚調査したものを足して見てください。
外務省
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/nihonkai_k/seaof_japan.html
大阪大学の古地図
http://www12.big.or.jp/~orenchi/column/japansea.html
最低でも、韓国の主張のように19世紀半ば以降、西洋の文物を受け入れ始めた日本の役割が朝鮮よりも強化されて「東海」の名称が「日本海」に次第に変わっていったのではない。それは19世紀初めにはほぼ定着していたといってもいいだろう。
皮肉にも、上の韓国のページに紹介しているように1800年のフランスの地図が1805年に「朝鮮海」から「日本海」に変わっていること、1811年の同じくフランスの地図が1819年に「朝鮮海」から「日本海」の併記に変わっていることは、じつはその傍証にほかならない。
ついでだが、上の韓国語のページにはなぜか朝鮮海峡まで入っている(1831)。
大阪大学の地図の調査ではやはり先に私が言っていたように一時期、朝鮮海の名称が多かったことが分かる。しかし、ここの大学だけにとどまらず、他の資料までを含めると、どうやら、この時期において日本海はもう少し増えそうだ。朝日新聞の記事では、確かにもっと多かった。
いずれにせよ、全般的に、総合的に見て、以下の外務省の報告は、なんら問題がない、無難な線である。
はっきりいって、上の韓国語のページはかなり政治的な産物であり、誤りである。
------------ -
● 日本海という名称が初めて使われたのは、17世紀初頭にイタリア人宣教師であるマテオ・リッチによって作られた「坤輿万国全図」であった。
● 17世紀から18世紀にかけて、アジア大陸北東部や日本列島の形状が正しく認識されていなかったこともあり、この海域には中国海(Sea of China)、東洋海(Oriental Sea or Ocean)、朝鮮海(Sea of Korea)、日本海(Sea of Japan)など様々な名称が使われていた。
● 18世紀の終わりから19世紀の初めにかけて、フランス人ラ・ペルーズ、英国人ブロートン、ロシア人クルーゼンシュテルン等が日本海周辺を探検し、日本海の形状と沿岸の地形が明らかになった。この時期以降、ヨーロッパで作成された地図では「日本海」(Japan Sea、Sea of Japan)の名称が一般化し、国際的に定着していった。
● 当時、日本は江戸幕府の下で鎖国政策をとっており、基本的に外国との接触は禁止されていた。鎖国政策が解除されたのは1854年であるから、18世紀の終わりから19世紀の初めにかけて、ヨーロッパ諸国が地図に日本海の名称を記載するようになったことは、日本とは直接の関係がない。また、青山、菱山・長岡と谷治の研究によれば、日本には古来より広い海域に名称をつける習慣がなかった。日本が「日本海」の名称を使用し始めたのは、ヨーロッパより遅かったのである。
韓国の主張は大体こんな感じでしょう。他も大同小異です。
http://www.nova121.com/dokdo/es1.htm
1904年の日露戦争、1910年のウルサ条約以後に「日本海」が定着したのが定説とのこと。そして、提示されているといえばやはり「朝鮮海」のものばかり。例のごとく日本の調査は全くの無視。これじゃ、何も知らない人は韓国の主張が当然だと考えるわな。だから、洗脳だというのです。
さて、これに先ほどの外務省の資料を付け足してみて下さい。さらに、大阪大学所蔵の古地図を100枚調査したものを足して見てください。
外務省
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/nihonkai_k/seaof_japan.html
大阪大学の古地図
http://www12.big.or.jp/~orenchi/column/japansea.html
最低でも、韓国の主張のように19世紀半ば以降、西洋の文物を受け入れ始めた日本の役割が朝鮮よりも強化されて「東海」の名称が「日本海」に次第に変わっていったのではない。それは19世紀初めにはほぼ定着していたといってもいいだろう。
皮肉にも、上の韓国のページに紹介しているように1800年のフランスの地図が1805年に「朝鮮海」から「日本海」に変わっていること、1811年の同じくフランスの地図が1819年に「朝鮮海」から「日本海」の併記に変わっていることは、じつはその傍証にほかならない。
ついでだが、上の韓国語のページにはなぜか朝鮮海峡まで入っている(1831)。
大阪大学の地図の調査ではやはり先に私が言っていたように一時期、朝鮮海の名称が多かったことが分かる。しかし、ここの大学だけにとどまらず、他の資料までを含めると、どうやら、この時期において日本海はもう少し増えそうだ。朝日新聞の記事では、確かにもっと多かった。
いずれにせよ、全般的に、総合的に見て、以下の外務省の報告は、なんら問題がない、無難な線である。
はっきりいって、上の韓国語のページはかなり政治的な産物であり、誤りである。
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● 日本海という名称が初めて使われたのは、17世紀初頭にイタリア人宣教師であるマテオ・リッチによって作られた「坤輿万国全図」であった。
● 17世紀から18世紀にかけて、アジア大陸北東部や日本列島の形状が正しく認識されていなかったこともあり、この海域には中国海(Sea of China)、東洋海(Oriental Sea or Ocean)、朝鮮海(Sea of Korea)、日本海(Sea of Japan)など様々な名称が使われていた。
● 18世紀の終わりから19世紀の初めにかけて、フランス人ラ・ペルーズ、英国人ブロートン、ロシア人クルーゼンシュテルン等が日本海周辺を探検し、日本海の形状と沿岸の地形が明らかになった。この時期以降、ヨーロッパで作成された地図では「日本海」(Japan Sea、Sea of Japan)の名称が一般化し、国際的に定着していった。
● 当時、日本は江戸幕府の下で鎖国政策をとっており、基本的に外国との接触は禁止されていた。鎖国政策が解除されたのは1854年であるから、18世紀の終わりから19世紀の初めにかけて、ヨーロッパ諸国が地図に日本海の名称を記載するようになったことは、日本とは直接の関係がない。また、青山、菱山・長岡と谷治の研究によれば、日本には古来より広い海域に名称をつける習慣がなかった。日本が「日本海」の名称を使用し始めたのは、ヨーロッパより遅かったのである。
これは メッセージ 87551 (hanman0579 さん)への返信です.
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