>>>>韓国の論理はおもしろい
投稿者: superplanetrip 投稿日時: 2002/09/26 16:31 投稿番号: [87485 / 203793]
倭国は高麗の東南大海の中にあり、世々貢職を修む。
高祖の永初二年、詔していわく、「倭讃万里貢を修む。遠誠宜しく甄(あらわ)すべく、除授を賜うべし。」と。
太祖の元嘉二年、讃、また司馬曹達を遣わして表を奉り方物を献ず。
讃死して弟珍立つ。使いを遣わして貢献し、自ら使持節都督倭・百済・新羅・任那・秦韓・慕韓六国諸軍事、安東大将軍、倭国王と称し、表して除正せられんことを求む。詔して安東将軍・倭国王に除す。珍、また倭隋等十三人を平西・征虜・冠軍・輔国将軍の号に除正せんことを求む。詔して並びに聴す。
二十年、倭国王済、使いを遣わして奉献す。また以て安東将軍・倭国王となす。
二十八年、使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事を加え、安東将軍は故のごとく、ならびに上る所の二十三人を軍郡に除す。
済死す。世子興、使を遣わして貢献す。
世祖の大明六年、詔していわく、「倭王世子興、奕世戴(すなわ)ち忠、藩を外海に作(な)し、化を稟(う)け境を寧(やす)んじ、恭しく貢職を修め、新たに辺業を嗣ぐ。宜しく爵号を授くべく、安東将軍・倭国王とすべし。」と。
興死して弟武立ち、自ら使持節都督倭・百済・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓七国諸軍事、安東大将軍、倭国王と称す。
順帝の昇明二年、使を遣わして上表す。いわく、
「封国は偏遠にして、藩を外に作す。昔より祖禰躬(みずか)ら甲冑をツラヌき、山川を跋渉し、寧処に遑あらず。東は毛人を征すること五十五国、西は衆夷を服すること六十六国、渡りて海北を平ぐること九十五国、王道融泰にして、土を廓(ひら)き、畿を遐(はるか)にす。累葉朝宗して歳に愆(あやま)ず。臣、下愚なりといえども、忝なくも先緒を胤(つ)ぎ、統(す)ぶる所を駆率し、天極に帰崇し、道百済を遙(へ)て、船舫を装治す。しかるに句麗無道にして、図りて見呑を欲し、辺隷を掠抄し、虔劉して已まず。毎に稽滞を致し、以て良風を失い、路に進むというといえども、あるいは通じあるいは不(しか)らず。臣が亡考済、実に寇讐の天路を壅塞(ようそく)するを忿(いか)り、控弦百万、義声に感激し、方に大挙せんと欲せしも、奄(にわか)に父兄を喪い、垂成の功をして一簣を獲ざらしむ。居(むな)しく諒闇にあり兵甲を動かさず。これを以て、偃息して未だ捷たざりき。今に至りて、甲を練り兵を治め、父兄の志を申べんと欲す。義士虎賁文武功を効し、白刃前に交わるともまた顧みざる所なり。もし帝徳の覆戴を以て、この彊敵を摧(くじ)き克く方難を靖んぜば、前功を替えることなけん。窃かに自ら開府儀同三司を仮し、その余は咸(み)な仮授して以て忠節を勧む。」と。
詔して武を使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事、安東大将軍、倭王に除す。
高祖の永初二年、詔していわく、「倭讃万里貢を修む。遠誠宜しく甄(あらわ)すべく、除授を賜うべし。」と。
太祖の元嘉二年、讃、また司馬曹達を遣わして表を奉り方物を献ず。
讃死して弟珍立つ。使いを遣わして貢献し、自ら使持節都督倭・百済・新羅・任那・秦韓・慕韓六国諸軍事、安東大将軍、倭国王と称し、表して除正せられんことを求む。詔して安東将軍・倭国王に除す。珍、また倭隋等十三人を平西・征虜・冠軍・輔国将軍の号に除正せんことを求む。詔して並びに聴す。
二十年、倭国王済、使いを遣わして奉献す。また以て安東将軍・倭国王となす。
二十八年、使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事を加え、安東将軍は故のごとく、ならびに上る所の二十三人を軍郡に除す。
済死す。世子興、使を遣わして貢献す。
世祖の大明六年、詔していわく、「倭王世子興、奕世戴(すなわ)ち忠、藩を外海に作(な)し、化を稟(う)け境を寧(やす)んじ、恭しく貢職を修め、新たに辺業を嗣ぐ。宜しく爵号を授くべく、安東将軍・倭国王とすべし。」と。
興死して弟武立ち、自ら使持節都督倭・百済・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓七国諸軍事、安東大将軍、倭国王と称す。
順帝の昇明二年、使を遣わして上表す。いわく、
「封国は偏遠にして、藩を外に作す。昔より祖禰躬(みずか)ら甲冑をツラヌき、山川を跋渉し、寧処に遑あらず。東は毛人を征すること五十五国、西は衆夷を服すること六十六国、渡りて海北を平ぐること九十五国、王道融泰にして、土を廓(ひら)き、畿を遐(はるか)にす。累葉朝宗して歳に愆(あやま)ず。臣、下愚なりといえども、忝なくも先緒を胤(つ)ぎ、統(す)ぶる所を駆率し、天極に帰崇し、道百済を遙(へ)て、船舫を装治す。しかるに句麗無道にして、図りて見呑を欲し、辺隷を掠抄し、虔劉して已まず。毎に稽滞を致し、以て良風を失い、路に進むというといえども、あるいは通じあるいは不(しか)らず。臣が亡考済、実に寇讐の天路を壅塞(ようそく)するを忿(いか)り、控弦百万、義声に感激し、方に大挙せんと欲せしも、奄(にわか)に父兄を喪い、垂成の功をして一簣を獲ざらしむ。居(むな)しく諒闇にあり兵甲を動かさず。これを以て、偃息して未だ捷たざりき。今に至りて、甲を練り兵を治め、父兄の志を申べんと欲す。義士虎賁文武功を効し、白刃前に交わるともまた顧みざる所なり。もし帝徳の覆戴を以て、この彊敵を摧(くじ)き克く方難を靖んぜば、前功を替えることなけん。窃かに自ら開府儀同三司を仮し、その余は咸(み)な仮授して以て忠節を勧む。」と。
詔して武を使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事、安東大将軍、倭王に除す。
これは メッセージ 87483 (pup_poo_one さん)への返信です.
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