なぜ反日なのか?
投稿者: donsajn 投稿日時: 2002/09/25 22:31 投稿番号: [87214 / 203793]
〔植民統治政策の変化〕
日帝は食糧の不足を解決するため、韓国から米を略奪した。そのため、農民は多くの米を生産しながらも飢えるようになった。
(韓国の中学校用国定歴史教科書1997年版より)
「朝鮮事情」
シャルル・ダレ
1874年
(1979年 平凡社東洋文庫)
朝鮮では、飢饉が頻繁にみられる。最も貧しい階級の人びとにとって、それは年に2度、定期的に訪れる。まず、大麦の収穫を待つあいだの春窮期の6、7月、次いで粟類の取り入れ前の9、10月である。金銭は、法外な利子付きでしか借りられず、わずかばかりの貯えも使い果たした不幸な人びとは、米やその他の穀物を買うことすらできない。彼らに残された生きる糧といえば、ただ塩水で煮つめたわずかばかりの草木である
「宇垣一成日記
2」
みすず書房
(「関釜連絡船」1988年
金賛汀
朝日選書より)
(朝鮮総督の日記から)
咸鏡南北、江原道(朝鮮北部)以外にも飢餓に瀕する者少なからずして僅かに草根木皮によりて露命を繋ぎあるものを聞き、痛心に堪へずして当路者に糺せば、彼氏曰く、『朝鮮にては左様の事は珍しくもなく今頃になれば毎年各地に現はるる事象である。今ひと月もすれば木の葉も出て草も生ずるから夫れによりて収穫期まで何とかしていく』とて深く配慮するの様子もなかりし。(昭和7年3月31日付)
「朝鮮総督府統計年報」
朝鮮総督府編
年次 年末常住人口・(注)1944年は5月
1910(日韓併合年) 1312万8780人
(注)初期の調査は精度が低いとされている
1915 1595万7630人
1920 1691万6078人
1925 1854万3326人
1930 1968万5587人
1935 2124万8864人
1940 2295万4563人
1944 2512万0174人
(この他に日本内地や満州に数多くの朝鮮人がいた)
一人当りの米消費量が年ごとに減少している統計資料を持ち出して、朝鮮から米を略奪した結果だという主張もあるが、人口増で少食の幼年人口の割合が大幅に増加していくのだから、朝鮮人一人当りの米消費量が減少するのは当然である。また、大旱魃で米収穫量が激減した年もあった。
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/6199/syokuminti1.htm
これは メッセージ 1 (retribution さん)への返信です.
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