>>>>226事件について
投稿者: saru_timbanco2000 投稿日時: 2001/05/30 14:24 投稿番号: [6096 / 203793]
こんにちわ。
>当時の農村の生活を描いた写真を見ると本当にひどいものです。今からでは想像もつきません。
こういうのって、データだけじゃダメだという教訓になりました。
>天皇の言葉は、日本もロシア革命みたいに皇族、側近等をころす状況になったのか、という意味です。股肱の心(側近)を殺すのは、自分の首を真綿で締めるようなものだ、といった天皇の言葉があります。青年将校の立場からすれば、「思う人(天皇)には思われず」というところでしょう。
あーー、なるほど!
しかし切ないですね・・。
>渋谷区立公会堂の横(NHKのすぐ近く)にある226事件慰霊の観音像の文には、「226事件で亡くなった総ての人の霊を慰める」とあります。
実は、渋谷区の合同庁舎によく行っていたので、見てました。
でも、なぜ、あそこにあるんですか?
>いわゆる「皇道派」が中国進出や中国との戦争を考えていなかったのは、北一輝が青春時代を中国で過ごしたことと関係があるかも。中国は辛亥革命に参加した北にとっては青春そのもの。
北一輝が中国にいたのは知ってましたが、皇道派の非中国進出の考えと、今まで繋がってなかったです。
今、点と線が繋がった気分です。
>対外政策については、皇道派といわれていた小畑敏四郎と統制派の永田鉄山の対立。小畑は日本の敵はソ連邦であり、対ソ防衛が第一義で、日支提携による平和の確立を唱えた。永田はまず武力をもってシナをたたき、そのうえで足元を固めてソ連に備えるという立場。中国に対する立場が全然ちがいます。ただし青年将校達に具体的にどのような外交策(内政策も)があったのかは明確ではありません。ある将校が満州事変以後の事を「皇道大陸に及び・・・」といっているくらいだけです。
皇道派の中でもバラバラというか、赤城さんが書かれたように、
あまりに先の事を考えていなかった(というか、それをするのは自分達ではないと考えていた)からかもしれないですね。
>226は失敗すべくして失敗した。なぜか。それは青年将校達自身に権力奪取の意図がなかったから。彼ら自身が権力を握ろうとしたのではない。悪く言えば、あとは野となれ山となれ的なところはあります。これがリビアのガダフィー大佐とちがくところでしょう。この点を上げる論者もいます。自分で権力を握ろうとしないクーデターなど成功するはずがない。あまりに杜撰な計画。
うーん、私はやはり、彼らがあまりに純朴すぎたという考えに落ち着きそうです。
これは メッセージ 6051 (shinkuuboakagi さん)への返信です.
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