慰安婦の話のはじまり
投稿者: you_are_pektion 投稿日時: 2002/04/11 15:03 投稿番号: [45425 / 203793]
政府が調査した限りの文書の中には軍や官憲による慰安婦の強制募集を直接示すような記述は見出
せなかった。資料はなかったが《総合的に判断した結果、一定の強制性がある》とは一体どう言う
ことを指すか
櫻井よしこ氏が当時内閣官房副長官であった石原信雄氏へのインタビュー(文芸春秋平成9年4月号・
密約外交の代償)で明らかにしている。
(当時内閣官房副長官・石原信雄氏談)
強制連行の証拠は見あたらなかった。元慰安婦を強制的に連れてきたという人の証言を得ようと
探したがそれもどうしてもなかった。結局談話発表の直前にソウルで行った元慰安婦十六名の証言が
決め手になった。彼女達の名誉のために、これを是非とも認めて欲しいという韓国側の強い要請に
応えて、納得できる証拠、証言はなかったが強制性を認めた。
もしもこれが日本政府による国家賠償の前提としての話だったら、通常の裁判同様、厳密な事実
関係の調査に基づいた証拠を求める。これは両国関係に配慮して善意で認めたものである。
元慰安婦の証言だけで強制性を認めるという結論にもっていったことへの議論のあることは知って
いるし批判は覚悟している。決断したのだから弁解はしない。
裏返せば
国家賠償を前提としない条件で、日韓関係に配慮し、韓国側の要請に答える形で厳密な事実
調査をすることもなく、そして納得できる証拠証言が得られなかったが「強制連行」を認めたことに
なる。
つまり従軍慰安婦の「強制連行」の事実認定より外交関係の方を優先させたのだ。
そして証言の「聞き取り」が決め手としている。聞き取りが終わったのが1993年7月30日。
そのわずか5日後の8月4日、河野談話が発表された。同日、宮沢政権は総辞職をしました。
無責任にも尻拭いだけを次の政権にまわしたのだ。
これは メッセージ 45412 (ood8gan8 さん)への返信です.
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