>>>れれれの連続
投稿者: shinkuuboakagi555 投稿日時: 2002/02/08 12:39 投稿番号: [34989 / 203793]
>藩命には逆らえない藩士たちにも、彼等なりの葛藤はあるものです。
確かにそうなんですが、逆に「社稷の臣」という言葉もあります。この場合社稷は藩という意味でしょう。「我々は・・・藩の臣下なのであって、・・・殿さまの家来じゃない」
この合理主義において、殿さまが疎外されていることになる。殿さまは単なる床の間のかざり。島津久光は西郷や大久保に対してこんな気持ちをもったかも。しかし、西郷の斉彬にたいするsentimentはこの社稷の臣では説明でき無いから、一般化はやはりしないほうがいいかも。
戦争中の洗脳については、じいさんから聞いたはなしで、こんなのがあります。
戦争中、アメリカの空襲が激しくなったころ、町内みんなで夕涼みしながらのはなし。
「B29は1万メートルの上空を飛ぶから、日本の戦闘機は登れないし、高射砲の弾も届かないらしいぜ」
「どうする?洗濯竿をつなげて、下からつついて落とすより方法は無いか」
こんなこと話していた町の庶民も「反戦派」じゃなかった。アメリカと戦うということにおいては異存は無かった。
戦争中の国民が洗脳されていたという説に対しては、野坂昭如が反対意見を述べていた。「戦争中の国民は洗脳などされてはいなかった」という意見。左派野坂の意見だからまあ、逆に信用できるかな。
これは メッセージ 34967 (J_Fooker さん)への返信です.
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