横レス
投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2001/12/04 03:02 投稿番号: [27574 / 203793]
長い横レス。
日帝の功罪は一つ一つ詳細に調べていく必要のあることだと思いますが、いくつか突っ込んでおきます。
>軍需産業以外工業の発展もなく
商業資本主義もなかった(萌芽はあったようですが)社会にいきなり産業資本主義を根付かせることは出来ません。
以前別トピでも述べましたが、朝鮮の伝統社会は近代資本主義との間に連続性を持っていません。
このようなケースで、社会のinstitutionsを変革するコスト(時間も重要)を無視した議論は無意味です。
当時そう簡単に歴史が変えられるものだったのなら、「現在アフリカに最貧国など存在しないはず」という議論が成立しますよ。現実の歴史・社会はbitterでpersistentなものです。
>自作農から小作農に転落し
もともと自作農自体どの程度いたか、を最初に考える必要があります。はっき言って、両班支配体制下の農民の大多数は実質上農奴。
それと、所得分配構造の悪化は、 Kuznets Curveで説明できます。マクロ的には日本が毟り取ったわけではなく、経済発展の結果生じた事態と考えられます。
以前にも別トピで述べましたが、個々人の悲劇はマクロ分析においては、anecdotes以上の意味はありません。
また、経済発展と産業化は必ずしも同義語ではありません。
移民の件は、当時の経済状況を考えれば理解はそれほど難しいことではないでしょう。日本も棄民政策をとっていました。
当時資源のない国はそれほど経済的には苦しかったということです。
>日本人移住者に耕作地を提供することが目的であった
開拓地の提供と言う意味はあったと思います。ただ、日本人が農業に直接携わったことによって、生産性が飛躍的に向上した点を無視するのは議論としては正確性を欠きます。
>朝鮮人人口の80%を占める農民の為に
使われた金額はいくらあるのか
庶民の状況がどのように変化したかを見るのであれば、国連の「人間開発指数」のような視点から見たほうが当時の状況には合致すると思います。
とりあえずは、乳幼児死亡率、感染症死亡率、寿命、人口成長率、識字率などですね。
当時政策セットして考えられたことは一通りやったと思いますよ。
>「恩賜金」として三千万円は併合に協力した李完用を初めとする朝鮮貴族に国を売った功労金のようなものであり一般の朝鮮人の為には使用されていない。
これは、どちらかと言うと受け取った側がどのような使途に用いたかの問題でしょう。
私は以上の議論で、「日帝は半島において常に正しかった」と主張しているわけではありません。
間違いはいくつも犯したでしょうし、特に日帝期最晩年の5年間ほどは、半島にも負担の大きな統治であったかもしれません。
しかしながら、日本が朝鮮を35年間に渡ってdevastateし続けたという主張には、経済学的な分析を用いる限り妥当性がないと言えます。
また、晩年数年のことで、それ以前にあった功績をすべて否定するというのは、議論としては偏りがあるでしょう。
さらに、比較による評価は、当時可能だったことのセットの中から行うべきと考えます。
実現可能性に対する考察を無視して、理想上の最適状態との比較で歴史を分析するのは、「自分ならナポレオンやハンニバルに戦場で勝てる」と主張するのと同程度に無意味です。
以上、長い横レスでした。
日帝の功罪は一つ一つ詳細に調べていく必要のあることだと思いますが、いくつか突っ込んでおきます。
>軍需産業以外工業の発展もなく
商業資本主義もなかった(萌芽はあったようですが)社会にいきなり産業資本主義を根付かせることは出来ません。
以前別トピでも述べましたが、朝鮮の伝統社会は近代資本主義との間に連続性を持っていません。
このようなケースで、社会のinstitutionsを変革するコスト(時間も重要)を無視した議論は無意味です。
当時そう簡単に歴史が変えられるものだったのなら、「現在アフリカに最貧国など存在しないはず」という議論が成立しますよ。現実の歴史・社会はbitterでpersistentなものです。
>自作農から小作農に転落し
もともと自作農自体どの程度いたか、を最初に考える必要があります。はっき言って、両班支配体制下の農民の大多数は実質上農奴。
それと、所得分配構造の悪化は、 Kuznets Curveで説明できます。マクロ的には日本が毟り取ったわけではなく、経済発展の結果生じた事態と考えられます。
以前にも別トピで述べましたが、個々人の悲劇はマクロ分析においては、anecdotes以上の意味はありません。
また、経済発展と産業化は必ずしも同義語ではありません。
移民の件は、当時の経済状況を考えれば理解はそれほど難しいことではないでしょう。日本も棄民政策をとっていました。
当時資源のない国はそれほど経済的には苦しかったということです。
>日本人移住者に耕作地を提供することが目的であった
開拓地の提供と言う意味はあったと思います。ただ、日本人が農業に直接携わったことによって、生産性が飛躍的に向上した点を無視するのは議論としては正確性を欠きます。
>朝鮮人人口の80%を占める農民の為に
使われた金額はいくらあるのか
庶民の状況がどのように変化したかを見るのであれば、国連の「人間開発指数」のような視点から見たほうが当時の状況には合致すると思います。
とりあえずは、乳幼児死亡率、感染症死亡率、寿命、人口成長率、識字率などですね。
当時政策セットして考えられたことは一通りやったと思いますよ。
>「恩賜金」として三千万円は併合に協力した李完用を初めとする朝鮮貴族に国を売った功労金のようなものであり一般の朝鮮人の為には使用されていない。
これは、どちらかと言うと受け取った側がどのような使途に用いたかの問題でしょう。
私は以上の議論で、「日帝は半島において常に正しかった」と主張しているわけではありません。
間違いはいくつも犯したでしょうし、特に日帝期最晩年の5年間ほどは、半島にも負担の大きな統治であったかもしれません。
しかしながら、日本が朝鮮を35年間に渡ってdevastateし続けたという主張には、経済学的な分析を用いる限り妥当性がないと言えます。
また、晩年数年のことで、それ以前にあった功績をすべて否定するというのは、議論としては偏りがあるでしょう。
さらに、比較による評価は、当時可能だったことのセットの中から行うべきと考えます。
実現可能性に対する考察を無視して、理想上の最適状態との比較で歴史を分析するのは、「自分ならナポレオンやハンニバルに戦場で勝てる」と主張するのと同程度に無意味です。
以上、長い横レスでした。
これは メッセージ 27558 (Kmechan さん)への返信です.
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