Re: こんにちは
投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2008/06/28 00:55 投稿番号: [199196 / 203793]
>当時、韓国の指導者たちの意志は統一されていたとは言えません。
へー、最高権力者が下記のように言ってることを知らないのか?
当時の韓国皇帝の純宗の勅諭
純宗実録 三年(1910年) > 純宗三年 八月 > 純宗 3年 8月 29日
純宗 4巻、3年( 1910 庚戌 / 大韓隆煕(隆煕) 4年) 8月 29日 陽暦 2番目記事
日本国皇帝に韓国統治権を譲渡する
http://sillok.history.go.kr/inspection/insp_king.jsp?id=wzb_10308029_002
皇帝、若(ここ)に曰く、
朕否徳にして艱大なる業を承け、
臨御以後今日に至るまで、維新政令に関し承図し備試し、
未だ曽て至らずと雖も、由来積弱痼を成し、疲弊極処に至り、時日間に挽回の施措望み無し。
中夜憂慮善後の策茫然たり。
此に任し支離益甚だしければ、終局に収拾し能わざるに底(いた)らん。
寧ろ大任を人に託し完全なる方法と革新なる功効を奏せいむるに如かず。
故に朕是に於いて瞿然として内に省み廊然として、自ら断じ、
茲に韓国の統治権を従前より親信依り仰したる、隣国大日本皇帝陛下に譲与し、外東洋の平和を強固ならしめ、内八域の民生を保全ならしめんとす。
惟爾大小臣民は、国勢と時宜を深察し、煩擾するなく各其業に安じ、日本帝国の文明の新政に服従し、幸福を共受せよ。
朕が今日の此の挙は、
爾有衆を忘れたるにあらず、
専ら爾有衆を救い活かせんとする至意に出づ。
爾臣民は朕の此の意を克く体せよ。
隆煕四年八月二十九日 御璽
http://toron.chu.jp/20cf/heigou/jyunsyu.html
>当時の指導者たちは どげんかせにゃいけん という意識はあったと思いますよ。西欧列強国がアジアに対して行っている暴挙を知らなかったはずもないし。
西欧列強の暴挙なる言葉を使って非難しても無意味だね。当時の世界は帝国主義時代、文明国が非文明国を指導するというのが当時の価値観だった。今の価値観でいい悪いではない。それは歴史の事実を認識するには余計な感情論に過ぎない。
朝鮮が開国するまでは、国際情勢はまったく知らなかったといえる。何せ下関条約第一条で、朝鮮は清国から独立するまでは属国として外交権さえなく、清国以外とは完全に鎖国してたから。
朝鮮は清国に事大し、日清戦争で日本が勝利すると日本に事大し、日清戦争の賠償問題で日本が三国干渉に会い、遼東半島の借款を止む無く放棄したことで日本は弱いと見れば、ロシアに事大。高宗はロシア領事館に逃げ込み政務を取った。李氏王朝政権維持だけの目的だった。ま、当時の大陸には近代国家の概念がなかったということを現代の朝鮮人や支那人は、先ず認識すべきだね。
他方、日本は江戸時代は鎖国というが、長崎の出島で南蛮貿易を行い、また支那人とは交易していたから諸外国の情勢はつかんでいた。
アヘン戦争で清国が英国に敗れ香港を植民化され、フランスやポルトガルなどにも蚕食され、明治期に入り米西戦争で勝利した米国がフィリピンを植民地に、又ハワイ王朝を植民地にした。フランスはベトナムを植民地にした。
これら国際情勢を日本は熟知してたが故に欧州列強から植民地化されぬよう国家の近代化を急ぎ富国強兵に勤めた。
当時のアジア・アフリカで独立国は日本、タイ、トルコ、エチオピアくらいで後は全て欧米列強の植民地か、清国の如く半植民地であった。現在の朝鮮人も、当時の国際関係をじっくり考えて見ることだね。
>君は日本が韓国を併合した目的はなんだと思う?
日本の欧米列強からの独立維持と朝鮮王朝の併合要請のためである。
当時の朝鮮が自力で近代化ができ、独立国として存在したならば併合する必要は全くなかった。しかし、当時の朝鮮は経済的にも破綻し、現代発展途上にあるアフリカ諸国と同じ状態だったから、自力で近代化できる力は皆無だった。それでは朝鮮は列強に植民地化されることは見えている。実際、日露戦争以前の満州は実質ロシアの支配圏にあり、ロシアの南下政策は明白であった。従い、朝鮮を植民地化された場合、日本の安全保障上極めて問題ありと当時の日本人は判断していた。
韓国併合の目的は日本の安全保障上だ。極めた高くついたがね。
尤も、伊藤博文や井上薫のみならず、日本海軍近代化の生みの親とも言われる海軍大将の山本権兵衛も、朝鮮併合反対派であった。朝鮮などはロシアにくれてやれ。ロシアが来ても日本の海は日本海軍で守れると言い切った。まあ、彼は日露戦争開戦時、日本海軍指令長官に、当時閑職にいた東郷平八郎を推挙した逸話もある。実\xBA
へー、最高権力者が下記のように言ってることを知らないのか?
当時の韓国皇帝の純宗の勅諭
純宗実録 三年(1910年) > 純宗三年 八月 > 純宗 3年 8月 29日
純宗 4巻、3年( 1910 庚戌 / 大韓隆煕(隆煕) 4年) 8月 29日 陽暦 2番目記事
日本国皇帝に韓国統治権を譲渡する
http://sillok.history.go.kr/inspection/insp_king.jsp?id=wzb_10308029_002
皇帝、若(ここ)に曰く、
朕否徳にして艱大なる業を承け、
臨御以後今日に至るまで、維新政令に関し承図し備試し、
未だ曽て至らずと雖も、由来積弱痼を成し、疲弊極処に至り、時日間に挽回の施措望み無し。
中夜憂慮善後の策茫然たり。
此に任し支離益甚だしければ、終局に収拾し能わざるに底(いた)らん。
寧ろ大任を人に託し完全なる方法と革新なる功効を奏せいむるに如かず。
故に朕是に於いて瞿然として内に省み廊然として、自ら断じ、
茲に韓国の統治権を従前より親信依り仰したる、隣国大日本皇帝陛下に譲与し、外東洋の平和を強固ならしめ、内八域の民生を保全ならしめんとす。
惟爾大小臣民は、国勢と時宜を深察し、煩擾するなく各其業に安じ、日本帝国の文明の新政に服従し、幸福を共受せよ。
朕が今日の此の挙は、
爾有衆を忘れたるにあらず、
専ら爾有衆を救い活かせんとする至意に出づ。
爾臣民は朕の此の意を克く体せよ。
隆煕四年八月二十九日 御璽
http://toron.chu.jp/20cf/heigou/jyunsyu.html
>当時の指導者たちは どげんかせにゃいけん という意識はあったと思いますよ。西欧列強国がアジアに対して行っている暴挙を知らなかったはずもないし。
西欧列強の暴挙なる言葉を使って非難しても無意味だね。当時の世界は帝国主義時代、文明国が非文明国を指導するというのが当時の価値観だった。今の価値観でいい悪いではない。それは歴史の事実を認識するには余計な感情論に過ぎない。
朝鮮が開国するまでは、国際情勢はまったく知らなかったといえる。何せ下関条約第一条で、朝鮮は清国から独立するまでは属国として外交権さえなく、清国以外とは完全に鎖国してたから。
朝鮮は清国に事大し、日清戦争で日本が勝利すると日本に事大し、日清戦争の賠償問題で日本が三国干渉に会い、遼東半島の借款を止む無く放棄したことで日本は弱いと見れば、ロシアに事大。高宗はロシア領事館に逃げ込み政務を取った。李氏王朝政権維持だけの目的だった。ま、当時の大陸には近代国家の概念がなかったということを現代の朝鮮人や支那人は、先ず認識すべきだね。
他方、日本は江戸時代は鎖国というが、長崎の出島で南蛮貿易を行い、また支那人とは交易していたから諸外国の情勢はつかんでいた。
アヘン戦争で清国が英国に敗れ香港を植民化され、フランスやポルトガルなどにも蚕食され、明治期に入り米西戦争で勝利した米国がフィリピンを植民地に、又ハワイ王朝を植民地にした。フランスはベトナムを植民地にした。
これら国際情勢を日本は熟知してたが故に欧州列強から植民地化されぬよう国家の近代化を急ぎ富国強兵に勤めた。
当時のアジア・アフリカで独立国は日本、タイ、トルコ、エチオピアくらいで後は全て欧米列強の植民地か、清国の如く半植民地であった。現在の朝鮮人も、当時の国際関係をじっくり考えて見ることだね。
>君は日本が韓国を併合した目的はなんだと思う?
日本の欧米列強からの独立維持と朝鮮王朝の併合要請のためである。
当時の朝鮮が自力で近代化ができ、独立国として存在したならば併合する必要は全くなかった。しかし、当時の朝鮮は経済的にも破綻し、現代発展途上にあるアフリカ諸国と同じ状態だったから、自力で近代化できる力は皆無だった。それでは朝鮮は列強に植民地化されることは見えている。実際、日露戦争以前の満州は実質ロシアの支配圏にあり、ロシアの南下政策は明白であった。従い、朝鮮を植民地化された場合、日本の安全保障上極めて問題ありと当時の日本人は判断していた。
韓国併合の目的は日本の安全保障上だ。極めた高くついたがね。
尤も、伊藤博文や井上薫のみならず、日本海軍近代化の生みの親とも言われる海軍大将の山本権兵衛も、朝鮮併合反対派であった。朝鮮などはロシアにくれてやれ。ロシアが来ても日本の海は日本海軍で守れると言い切った。まあ、彼は日露戦争開戦時、日本海軍指令長官に、当時閑職にいた東郷平八郎を推挙した逸話もある。実\xBA
これは メッセージ 199167 (h369jp さん)への返信です.