Re: 昭和5年に於ける在日論1
投稿者: jalopy2005 投稿日時: 2006/09/01 21:38 投稿番号: [194229 / 203793]
「朝鮮人労働者の質的考察」:雑誌「東洋」(1932/2)
日本に流入して来る朝鮮人労働者の種類は、今日まで大体三期に分かってこれを考えることが出来る。初期は向学青年の渡来期、第二期は無頼漢の渡来期、現在は経済的原因よる農民労働者の渡来期で、初期時代における日本内朝鮮人労働者の多くは、勉学の目的に渡来したものが労役に従事するようになったもので、この時期における朝鮮民族の道徳性は、基督教々会を中心に漸く新刺激を受けはじめた時で、まだ完全に孝本思想及道徳が厳存していたのである。であったから日本に来ている向学青年労働者たちの素質も善良で、徳性を以て身を高く持していたのであって、日本の労働者より遥かに高徳であったのである。殊に彼等は相当の智力と漢学の素養を有していたのである。(中略)
第二期の無頼漢の渡来期は、可なり長く最近まで続いたもので、極端な射幸心と放浪性による者の渡来期であった。この期の前半は主に儒生のなり損いものと、何等かの事情で郷党と相入れられないものの入来期で、博徒の最も多かったのもこの期である。入来無頼漢の種類が高等無頼漢から下等無頼漢に変るに従って、道徳性は低下し、労働力は漸高したのであるが、この頃における朝鮮は、新文明と総督府の同化政策とキリスト教諸教化事業によって、朝鮮民族の道徳観は混乱期に遭遇していたのであった。ために無頼漢の増加を来したのであった。(中略)
第三期即ち現在の経済的原因による渡来労働者は、多く小作民及び以前の中産階級以下のもので、生活上の困窮の結果労銀を得るために流入するもの等で、労働婦人の入国もこの期に著しく増加して来ている。この第三期入国労働者の特徴は、彼等は経済的に日本の資本家によって敗惨されているばかりでなく、同化政策によって、その民族性が破壊されて、性格の破綻を来していることである。朝鮮民族の徳性の根底であるところの孝本思想及道徳が破壊された結果、ここに良心性の中心を失い、この民族の最もの痼疾であるところの他害心と利己心と好争性のみが、極端に発揮されるに至ったのである。であるから現在の朝鮮人にとっては、生活の困窮が問題の全体であって、道徳や徳性は顧みるの余暇もなければ、又反省力を持たぬほどに人為的にその性格は破壊されているのである。
両班(最上階級)中人(第二階級)常民(町民階級)賎民(婢僕階級)の朝鮮の四大階級より見る時には、第一期入国労働者の多くは両班及中人階級に属し、第二期は中人及常民階級、第三期は全階級渡っているが、良家のものは少ないのである。
朝鮮ではその属する階級によって、その良心性や徳性に非常に相違のあるもので、従来朝鮮は支配階級であるところの両班階級のものばかりが学問することを許されていて、学問は儒学で、修身斉家の道をならい徳性を養ったのであるが、中人以下階級のものは常に上級階級者により圧虐され酷使されることばかりに追われて、その良心的素質は反抗的に、或は屈従的に悪化して来たのである。だから或一人の朝鮮人が如何なる階級に属するものであるかによって、又同じ両班階級者にしても、その門閥と血統によって、その善良性を異にするものである。
も一つ朝鮮人の素質を知るに重要なことは、その生まれた道(県)である。(中略)日本に来る労働者の多くは、地理的関係から慶尚南北道のもので、次は全羅南北道、忠清南北道のものであるが、慶尚道の人間は根気は強いが愚鈍で粗暴であり、婦人はその性粗悪である。全羅道人は昔から敏捷で、奸智に丈けていることで知られている。忠清道人は京畿道人と同じく、温しく小智に富んでいる。しかして同じ道の人間であるにしても、農村に居住していたものと、商業町又は海岸や山奥に居住していたものとの間には、その善良性において非常な相違があって、農村生活者は道義的であり真味に富んでいるが、町や海岸地方のものは利に明るく利己的であり、射幸心に強く好争性に富んでいる。又山奥のものは山男的で蒙昧である。ところが日本に流入する労働者は、第三期初め頃までは殆んど商業町や海岸地方のもので、最近に至って純農民が移入するように至ったのである。
日本に流入して来る朝鮮人労働者の種類は、今日まで大体三期に分かってこれを考えることが出来る。初期は向学青年の渡来期、第二期は無頼漢の渡来期、現在は経済的原因よる農民労働者の渡来期で、初期時代における日本内朝鮮人労働者の多くは、勉学の目的に渡来したものが労役に従事するようになったもので、この時期における朝鮮民族の道徳性は、基督教々会を中心に漸く新刺激を受けはじめた時で、まだ完全に孝本思想及道徳が厳存していたのである。であったから日本に来ている向学青年労働者たちの素質も善良で、徳性を以て身を高く持していたのであって、日本の労働者より遥かに高徳であったのである。殊に彼等は相当の智力と漢学の素養を有していたのである。(中略)
第二期の無頼漢の渡来期は、可なり長く最近まで続いたもので、極端な射幸心と放浪性による者の渡来期であった。この期の前半は主に儒生のなり損いものと、何等かの事情で郷党と相入れられないものの入来期で、博徒の最も多かったのもこの期である。入来無頼漢の種類が高等無頼漢から下等無頼漢に変るに従って、道徳性は低下し、労働力は漸高したのであるが、この頃における朝鮮は、新文明と総督府の同化政策とキリスト教諸教化事業によって、朝鮮民族の道徳観は混乱期に遭遇していたのであった。ために無頼漢の増加を来したのであった。(中略)
第三期即ち現在の経済的原因による渡来労働者は、多く小作民及び以前の中産階級以下のもので、生活上の困窮の結果労銀を得るために流入するもの等で、労働婦人の入国もこの期に著しく増加して来ている。この第三期入国労働者の特徴は、彼等は経済的に日本の資本家によって敗惨されているばかりでなく、同化政策によって、その民族性が破壊されて、性格の破綻を来していることである。朝鮮民族の徳性の根底であるところの孝本思想及道徳が破壊された結果、ここに良心性の中心を失い、この民族の最もの痼疾であるところの他害心と利己心と好争性のみが、極端に発揮されるに至ったのである。であるから現在の朝鮮人にとっては、生活の困窮が問題の全体であって、道徳や徳性は顧みるの余暇もなければ、又反省力を持たぬほどに人為的にその性格は破壊されているのである。
両班(最上階級)中人(第二階級)常民(町民階級)賎民(婢僕階級)の朝鮮の四大階級より見る時には、第一期入国労働者の多くは両班及中人階級に属し、第二期は中人及常民階級、第三期は全階級渡っているが、良家のものは少ないのである。
朝鮮ではその属する階級によって、その良心性や徳性に非常に相違のあるもので、従来朝鮮は支配階級であるところの両班階級のものばかりが学問することを許されていて、学問は儒学で、修身斉家の道をならい徳性を養ったのであるが、中人以下階級のものは常に上級階級者により圧虐され酷使されることばかりに追われて、その良心的素質は反抗的に、或は屈従的に悪化して来たのである。だから或一人の朝鮮人が如何なる階級に属するものであるかによって、又同じ両班階級者にしても、その門閥と血統によって、その善良性を異にするものである。
も一つ朝鮮人の素質を知るに重要なことは、その生まれた道(県)である。(中略)日本に来る労働者の多くは、地理的関係から慶尚南北道のもので、次は全羅南北道、忠清南北道のものであるが、慶尚道の人間は根気は強いが愚鈍で粗暴であり、婦人はその性粗悪である。全羅道人は昔から敏捷で、奸智に丈けていることで知られている。忠清道人は京畿道人と同じく、温しく小智に富んでいる。しかして同じ道の人間であるにしても、農村に居住していたものと、商業町又は海岸や山奥に居住していたものとの間には、その善良性において非常な相違があって、農村生活者は道義的であり真味に富んでいるが、町や海岸地方のものは利に明るく利己的であり、射幸心に強く好争性に富んでいる。又山奥のものは山男的で蒙昧である。ところが日本に流入する労働者は、第三期初め頃までは殆んど商業町や海岸地方のもので、最近に至って純農民が移入するように至ったのである。
これは メッセージ 194225 (mitsuo_1512 さん)への返信です.