意外な、皇族の戦後の証言
投稿者: apoon_5 投稿日時: 2006/06/21 06:01 投稿番号: [193297 / 203793]
古書店で拾ったぉ〜
<そうか、日本軍の士気は低く、軍紀は緩かったのか>
<皇族もマルクス主義は教養として押さえておられたのか。>
戦前、皇族の成年男子は軍務につくのが原則であった。
しかし、敗戦後の軍解体により、いわば皇族男子は失業状態となられる。
このような状況下で、一部の成年皇族は大学入学で学問の道をたどられる。
1947年4月、三笠宮崇仁様が東京帝大文学部西洋史学科に研究生入学された
のはその一例である。
後年、三笠宮様は次のように語っておられる。
「私は、戦中中国で軍務についていた。
そこで、キリスト教とマルクス主義に関心を抱いた。
というのは、外人神父がたった一人で中国奥地で伝導する、
その情熱はどこからくるかという疑問。
マルクス主義のほうは、中国で対戦していた八路軍(共産党軍)の
抗日の情熱と、その軍紀の厳正さがどこからでてくるのか、という疑問。
まず、中世ヨーロッパの宗教改革からはじめたが、よくわからない。
それで、原始キリスト教研究をするうち、とうとう旧約聖書の時代を
専門とすることになったのである。」
(昭和経済史への証言
安藤良雄編著)
この年、賀陽宮治憲様も一般入学で同大学法学部政治学科に入学されておられる。
「私は海兵一号生徒だったので、
敗戦という大きな変革に一時は全く逃避的になって
東大に入って好きな文学でもやろうかと思いましたが、
徒食して学問するのもどうか、政治とはどういうものであるか
真剣に研究しようと思って東大法学部政治学科をえらんだ・・・」
共産党の「天皇制廃止」の主張をどう思うか、という問いに、
「私は神がかり的な国体護持論者ではありません。
やはり、天皇御持論の中では正しい秩序の源泉として天皇制を認める
田中耕太郎先生の論は光っていたと思います。
もちろん、『共産党宣言(マルクス)』などを読んでみれば
理論として実に完璧だと思いますが、
ともかく、かくかくあらしめる思想・主義にとらわれず、
純心に学生諸君と勉強したい」
(帝国大学新聞
1947年
4月2日)
治憲様の兄、邦壽もこの前年京都帝大経済学部に合格しておられた。
・・・・・・・ふ〜ん
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