Re: 「日本の神社、韓半島に由来」
投稿者: oobasira2000 投稿日時: 2006/01/22 20:44 投稿番号: [187866 / 203793]
doronpa90 さん始めまして
>稲作の伝播は8千年以上前のこと、直接神社と結びつけるのは無理があると思いますよ。
最初から完成した文化として伝播する事はなかったでしょう。
おそらく許容できる文化伝いに浸透するように何度も何度も伝播してきたのだと思います。
そうかも知れませんね。ただ神道そのものは、非常に古いものだと、私は考えています。おそらく、稲作や農耕が始まるほぼ同じ時期か、それ以前ではないでしょうか。神道に付随する神社は、後から長い時間をかけて、次第に形を整え現在に近い形に、なったのではあるでしょうが。
>山東半島から北朝鮮にかけては当時の稲作には不向きでそれ以前からある麦作文化だったので、十年から二十年もかけて伝播するとは考えるのには無理があります。
必ずしも、農耕をしながら南下したとは限らないでしょう。その頃の半島は殆ど無人の森林地帯でしょう。米が作れないなら狩猟や採集、船があるのですから、漁労をすればよいし、種籾でしたら十年くらいは保存出来るでしょう。稲作が不可能な半島北部は、一時的に滞在しただけでしょう。倭族が定住したのは、半島南部からでしょうね。一気に日本列島に辿り着くのはまず無理です。
>他の民族でもそうですが、民族の移動とは男のみの移動がほとんどです。
温暖多湿の地域を求めて我々祖先は漕ぎ出したのでしょう。
日本人の冒険心と漕ぎ手の団結心は意外とここから始まったのかも知れません。
そうですね、民族の魂ここに有りというところでしょうか。
これは メッセージ 187862 (doronpa90 さん)への返信です.
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