埴原 和郎の説そのものが最近では
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2005/05/09 03:54 投稿番号: [179187 / 203793]
ヨタ話の一種とされつつあるんだけど。
安本美典からは、古い手法などと批判されるし、お仲間の尾本恵一からは、その縄文人南方起源説が批判されるし。
「埴原の言う弥生人とはそもそもなになのか。弥生文化をもたらした人たちをさすのか、弥生文化を受け入れた人たちをさすのかが不明である」
「弥生文化は色濃く南方系である」
(安本)
>弥生時代に朝鮮半島から大量に北方アジア系の人種が渡来して来たということです。
>7世紀の日本の総人口、5,399,800人のうち、土着系:渡来系=1:8.6ということです。
弥生は紀元前1,000年に始まるということが最近いわれはじめている。
7世紀は弥生時代じゃなよ。
福岡県糸島半島(魏志倭人伝の伊都に比定される)の新町遺跡(弥生時代)から見つかった人骨は縄文系の特徴をそなえていた。やはり佐賀県の呼子町の弥生時代の大友遺跡から見つかった人骨もやはり、縄文人の特徴をそなえていた。これは何をいみするか。
「これまでの発掘で考古学情報を見る限り、その受け入れ口となった北九州では、弥生時代から古墳時代にかけての時期に土着民を圧倒すルような規模の渡来を想起させるような事実は何も報告されていない」(日本人の起源・中橋孝博)
つまり、埴原説はインチキとみられはじめているということ。
これは メッセージ 179181 (wakarehaitumotuitekuru さん)への返信です.
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