>>>国籍−1
投稿者: kohshien21 投稿日時: 2004/10/18 15:14 投稿番号: [169521 / 203793]
ちょっと私の説明不足で堂々巡りになったので整理します。
国家と個人は同体とは、他国との比較に於いてです。他国が無ければ、自国も無い。他国の人から見れば日本人の国民性は、例えば和を尊ぶから結論が遅く、yes、noが分かり難い。他国に比べて誠実な国民性を有し、衛生観念が発達している。個人個人がそうであるから国がそのように成り立っているという判断であり、貴方個人が違っていてもそう見られるという事です。
>kohshien21さんが仰るような国に何でも従ってしまうロボットみたいな人が優秀な国民だとするならば、世界最高の国民は、まだ飢餓が問題にされていなかった一昔前の北朝鮮の人達がそうではないでしょうか?
北朝鮮は、共産主義の専制独裁国家ですす。民主主義ではなく、政府に反対する者は強制収容所に投獄されるか、死刑の恐怖政治で比較の対象にはなりません。
>国家は人の集まりでありますから、何でも何時でも正しいとは限りません。いえ、人間なんて不完全なんですから、その時点では最良の方策だと思っていても、少し後になってから間違いが分ったりします。
その通りです。民主主義国家では国民世論が形成されますが、それが政治に反映するには時間がかかります。一方、一党独裁国家では弾圧されます。天安門事件や法輪功弾圧が良い例でしょうね。
>どうしてそうなりますか?私の広東語の先生の話をもう一度読み直して下さい。
貴方が人にとって国家はいざとなれば重要ではないのと言い切ったので、国家否定と受け取るのは当然でしょう。それもあって一度特攻隊員の残した手記を読めば如何と書いたのです。
それから華僑はなぜ華僑になったのでしょう。最初から存在したのですか。彼等は全王朝崩壊、即ち国家崩壊が原因で東南アジアに逃げ出した中国人です。国家が機能して居れば逃げ出す必要は無かった。又、当時の中国人には明確なる国家観も無かった。そういった特例を出して国家と個人は別との議論は無理がある。
>一度特攻隊員の残した手記を読めば如何。
これはどうして出てくるんですか?当時の日本は民主主義国家とは似ても似つかない帝國でした。論外もいいところですね。
帝国だから、全否定ですか。戦時国家体制でしたが、戦前は言論の自由もあり制限はあったが選挙もありました。
私が言いたい事は、特攻隊員がいかなる思いで死んでいったか、父母に、兄弟姉妹に、妻や許婚や恋人、友に対する切なる思いと彼等を護るために国家とどう向き合うかの心情が特攻隊員の手記で分かるからです。
彼等には貴方の言う、国家と個人は別との意識はありません。
>地域社会で共存している人達はそれこそリアリティがある訳です。ちゃんと見えるし、触れるし、話しかければ返事も返ってくるでしょう。「国家」とはゼンゼン違う訳です。
まことに失礼ですが、子どもならば受け入れられる内容です。目の前に見えないので分からないというのであれば、洞察力や想像力の不足としか言いようがありません。
国家と個人は同体とは、他国との比較に於いてです。他国が無ければ、自国も無い。他国の人から見れば日本人の国民性は、例えば和を尊ぶから結論が遅く、yes、noが分かり難い。他国に比べて誠実な国民性を有し、衛生観念が発達している。個人個人がそうであるから国がそのように成り立っているという判断であり、貴方個人が違っていてもそう見られるという事です。
>kohshien21さんが仰るような国に何でも従ってしまうロボットみたいな人が優秀な国民だとするならば、世界最高の国民は、まだ飢餓が問題にされていなかった一昔前の北朝鮮の人達がそうではないでしょうか?
北朝鮮は、共産主義の専制独裁国家ですす。民主主義ではなく、政府に反対する者は強制収容所に投獄されるか、死刑の恐怖政治で比較の対象にはなりません。
>国家は人の集まりでありますから、何でも何時でも正しいとは限りません。いえ、人間なんて不完全なんですから、その時点では最良の方策だと思っていても、少し後になってから間違いが分ったりします。
その通りです。民主主義国家では国民世論が形成されますが、それが政治に反映するには時間がかかります。一方、一党独裁国家では弾圧されます。天安門事件や法輪功弾圧が良い例でしょうね。
>どうしてそうなりますか?私の広東語の先生の話をもう一度読み直して下さい。
貴方が人にとって国家はいざとなれば重要ではないのと言い切ったので、国家否定と受け取るのは当然でしょう。それもあって一度特攻隊員の残した手記を読めば如何と書いたのです。
それから華僑はなぜ華僑になったのでしょう。最初から存在したのですか。彼等は全王朝崩壊、即ち国家崩壊が原因で東南アジアに逃げ出した中国人です。国家が機能して居れば逃げ出す必要は無かった。又、当時の中国人には明確なる国家観も無かった。そういった特例を出して国家と個人は別との議論は無理がある。
>一度特攻隊員の残した手記を読めば如何。
これはどうして出てくるんですか?当時の日本は民主主義国家とは似ても似つかない帝國でした。論外もいいところですね。
帝国だから、全否定ですか。戦時国家体制でしたが、戦前は言論の自由もあり制限はあったが選挙もありました。
私が言いたい事は、特攻隊員がいかなる思いで死んでいったか、父母に、兄弟姉妹に、妻や許婚や恋人、友に対する切なる思いと彼等を護るために国家とどう向き合うかの心情が特攻隊員の手記で分かるからです。
彼等には貴方の言う、国家と個人は別との意識はありません。
>地域社会で共存している人達はそれこそリアリティがある訳です。ちゃんと見えるし、触れるし、話しかければ返事も返ってくるでしょう。「国家」とはゼンゼン違う訳です。
まことに失礼ですが、子どもならば受け入れられる内容です。目の前に見えないので分からないというのであれば、洞察力や想像力の不足としか言いようがありません。
これは メッセージ 169391 (bowmore1000 さん)への返信です.