素晴らしき「ケンチャナヨ」精神2
投稿者: gyuwadan 投稿日時: 2001/08/25 17:25 投稿番号: [16682 / 203793]
建物のほうは大体理解いただけたかと思いますが、階段の手すり、各窓に付いている網戸は触れたら落ちてしまう様な粗悪施工でした。
土地の所有観念も「ケンチャナヨ」でした。登記上自分の所有でも使用していない、又は所有を明確にしていない場合、勝手に畑などに開墾されてしまいます。
アサンの学校の寮でも同じでした。他人の土地を開墾して広大な農園を作っていましたので「学校の土地か?」と尋ねると「知らない」
「返せと言われたら?」
「返せばいい」
「それでいいの?」
「問題ない」でした
開墾されてしまうと生ゴミなどを肥料として使いますので大変な悪臭が発生します。ですから田舎道をあるくと常に「臭い」と感じます。
そのゴミですが「掃きだす」文化のようで、町にはゴミがあふれています。
私たちが道路を歩いていると対向してくる自動車の窓がスーッと開いたかと思うと車内のゴミ箱をぶちまけたのです。
タマタマ私たちがそういう車に出会ったのかと思ったのですがそうでもないようで、バスの窓からも、ゴミが紙ふぶきのように降ってきます。私たちの乗った観光バスの運転手も窓からポイポイ捨てていました。
では各家庭のゴミはどうでしょう。
確かに分別されていました。ペットボトルやビン、缶と・・・。
しかし、管理がケンチャナヨでした。
ゴミステーションには飛散防止の設備は無く風が吹けばすべてが路上に散乱するのです。そこで私たちはゴミステーションに分別用の壁と雨が当たらないように屋根を付けることを提案しましたが、「韓国にはゴミにお金をかける文化はない」との事でした。散乱したゴミはどうなるのか?尋ねてみると、「誰かがきれいにするから問題ない」(ゴミ収集車の作業員談)らしいです。ですから雨が降って、少し風が吹くと排水溝の無い道路(実際は側溝があるが長年の埃やゴミで使い物になっていない)をゴミが流れていってしまうのです。実際その場面を目の当たりにしましたが、目に焼きついて離れないくらいの衝撃でした。
これは メッセージ 16670 (gyuwadan さん)への返信です.
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