続き
投稿者: un_konoaji 投稿日時: 2003/07/04 20:24 投稿番号: [137801 / 203793]
日本は、内鮮一体、つまり朝鮮人も日本人と同じ扱いにする政策をとり、
国内並みに鉄道、港湾などのインフラを整備し、政府、軍にも人材を登用した。
韓国人が、強制連行だと騒ぐ徴用が行われたのは昭和19年。
同じ時期に、徴用の何十倍もの朝鮮人が日本に流れ込んでいる。
内も鮮も同じ、引越しの自由のおかげと言える。
しかし彼らは、日本以外の例えば中国に行けば「ハングオレン」のまま。
それで日本名を勝手に名乗るものが出てきた。
そうすればもう中国人に見下されることはないからだ。
これがブームになり、日本政府は勝手な改名を禁じて日本名にしたいなら、役所に届け出ることを義務付けた。
昭和15年に半年を限りに行われた「創始改名」である。
朝鮮人は、新羅の昔に金さんとか、朴さんとかの中国名に改めていた。
だから二番目の創始改名になるが、その理由を著名な作家、香山光郎こと、李光洙は
「我々の姓名は支那を崇拝した祖先の遺物。支那人と混同される姓名を持つよりも日本人と混同される氏名を持つのがもっとも自然だと信ずる」と書いている。
ちなみにもう一つの日本統治領、台湾での創始改名は朝鮮の届出制とは違って、許可制がとられ、めったに許されなかった。
許可制にしたのは、中国人は当時でこそ「原住民」だが、日本人も尊敬する栄光の文化がある。
明日の為にも、中国古来の名を守るべきだという配慮からだった。
しかし、その日本がアメリカに負けて、最下位ランクの国にされた。
途端に朝鮮は手のひら返し。
強くなった、中国風の名に戻って、創始改名は日本に強制されたの何のと。
いはやは、なんともわかりやすい国ではあります。
これは メッセージ 137763 (un_konoaji さん)への返信です.
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