: aqua5872 さんへ
投稿者: Kmechan 投稿日時: 2001/08/03 08:53 投稿番号: [13154 / 203793]
>日本統治を否定する資料と肯定する資料を比較検証する方法をとらない限り真実の歴史なんて分からないですよ!
確かに肯定派の資料と比較派の資料を見なければいえない。確かにそうなのですが
朝鮮統治時代というのは総督府の資料がほとんどですよね。
朝鮮側の資料が少ない。
当然支配する側の資料から判断することが多いのですが、これが統治を正当化するような資料が多いのではないかと見るのです。じゃなぜあれほど日本に批判的なのか
良い統治をしていたのであれば、あれほど批判的にはならないと思うのですが。良い法律を作ってもそれが守られなければ、意味がないわけですし、日本人の官憲がしはいするなか、どれだけ朝鮮人の立場を考え、色々な政策が行われたか
疑問に思う訳です。
>李氏朝鮮時代ハングルはどの様に扱われました?知識者階級では諺文(オンムン)として、馬鹿にしていたのですよ。当時、中華思想どっぷり漬かりきっていた朝鮮の支配者や知識者階級では漢文を使うのが当り前で、折角1446年に世宗が学者に考案させて世界でも稀にみる計画的に表音文字を創った文字を400年も卑下し眠らせておいたのです。(それらの経緯をもっと分かなければいけませんよ
ハングルは民衆の文字であり支配家層は漢文を使っていた。そのとうりです。
しかし眠っていたのではありません。
民衆の間には広く普及していきました。
18世紀にはハングル小説が数多く現れ民衆の間で読まれました。
甲午の改革(1894)では公用文にもちいられました。
> むしろ、伊藤博文は、そのハングル文字の優れた面を見つけ、それを普及させる事で民族自立を促す思惑があったのが真相です。そんな歴史的事実を隠蔽するのが韓国の反日教育の現れですね。資料を比較検証をしないと、そんな事さえ分からないのです。正確にいうと当初は朝鮮語(ハングル)は必修科目で1938年に選択制になり1941年に廃止されたのが真相です。あなたの学んだ資料は単純に廃止された後の事を強調しているだけではないですか?
1910年官憲を動員して全国各地の書店、郷校、書院、旧家、両班の家を急襲し数千冊を燃やし、本を売る事も読むことも、他人に貸すことも出来なかった。
(「日帝支配化の韓国現代史」)
その一方で総督府が朝鮮語の教科書つくったのは、いきなり日本語では統治できないためだったのです。
又公用語を何語でするのか、教育を何語でするのか法律で決められていなかった。
1911年の朝鮮教育令において「朝鮮語及び.漢語」と言う科目がありますが、漢文が中心でありそれの補助語として教えられた。
朝鮮教育令弟10条に
「朝鮮語及び漢文を授くるには常に国語と連絡を保ち時としては国語にて解釈せしむるべし」と言う規定があります。
1922年弟2次朝鮮教育令では朝鮮語が独立するが国語の役割が強化されている。
1938年第3次朝鮮教育令では朝鮮語の正課ははずされ、「仮説随意科目」となり朝鮮語の授業は実質廃止された。
伊藤博文がうんぬんというところ私の持っている本からは確認できません。
>韓国は自国の歪曲、捏造的
歴史教科書を棚に上げ、日本の問題教科書の中身を読まない内から一方的に根拠なき批判をするあたり恥じを知るべきです。
私は歪曲、捏造とはみません。総督府資料や日本より朝鮮人の書物はどこまで信用して良いのか疑問に思うのです。
支配した側はなんとか正当化しようとするのでは、しかも軍備をもっていますから支配する都合の良い政策を進めたのではと考え被害者である韓国政府の方が正しいのではと思います。
あなたの意見が正しいのかもしれませんが、
確かに肯定派の資料と比較派の資料を見なければいえない。確かにそうなのですが
朝鮮統治時代というのは総督府の資料がほとんどですよね。
朝鮮側の資料が少ない。
当然支配する側の資料から判断することが多いのですが、これが統治を正当化するような資料が多いのではないかと見るのです。じゃなぜあれほど日本に批判的なのか
良い統治をしていたのであれば、あれほど批判的にはならないと思うのですが。良い法律を作ってもそれが守られなければ、意味がないわけですし、日本人の官憲がしはいするなか、どれだけ朝鮮人の立場を考え、色々な政策が行われたか
疑問に思う訳です。
>李氏朝鮮時代ハングルはどの様に扱われました?知識者階級では諺文(オンムン)として、馬鹿にしていたのですよ。当時、中華思想どっぷり漬かりきっていた朝鮮の支配者や知識者階級では漢文を使うのが当り前で、折角1446年に世宗が学者に考案させて世界でも稀にみる計画的に表音文字を創った文字を400年も卑下し眠らせておいたのです。(それらの経緯をもっと分かなければいけませんよ
ハングルは民衆の文字であり支配家層は漢文を使っていた。そのとうりです。
しかし眠っていたのではありません。
民衆の間には広く普及していきました。
18世紀にはハングル小説が数多く現れ民衆の間で読まれました。
甲午の改革(1894)では公用文にもちいられました。
> むしろ、伊藤博文は、そのハングル文字の優れた面を見つけ、それを普及させる事で民族自立を促す思惑があったのが真相です。そんな歴史的事実を隠蔽するのが韓国の反日教育の現れですね。資料を比較検証をしないと、そんな事さえ分からないのです。正確にいうと当初は朝鮮語(ハングル)は必修科目で1938年に選択制になり1941年に廃止されたのが真相です。あなたの学んだ資料は単純に廃止された後の事を強調しているだけではないですか?
1910年官憲を動員して全国各地の書店、郷校、書院、旧家、両班の家を急襲し数千冊を燃やし、本を売る事も読むことも、他人に貸すことも出来なかった。
(「日帝支配化の韓国現代史」)
その一方で総督府が朝鮮語の教科書つくったのは、いきなり日本語では統治できないためだったのです。
又公用語を何語でするのか、教育を何語でするのか法律で決められていなかった。
1911年の朝鮮教育令において「朝鮮語及び.漢語」と言う科目がありますが、漢文が中心でありそれの補助語として教えられた。
朝鮮教育令弟10条に
「朝鮮語及び漢文を授くるには常に国語と連絡を保ち時としては国語にて解釈せしむるべし」と言う規定があります。
1922年弟2次朝鮮教育令では朝鮮語が独立するが国語の役割が強化されている。
1938年第3次朝鮮教育令では朝鮮語の正課ははずされ、「仮説随意科目」となり朝鮮語の授業は実質廃止された。
伊藤博文がうんぬんというところ私の持っている本からは確認できません。
>韓国は自国の歪曲、捏造的
歴史教科書を棚に上げ、日本の問題教科書の中身を読まない内から一方的に根拠なき批判をするあたり恥じを知るべきです。
私は歪曲、捏造とはみません。総督府資料や日本より朝鮮人の書物はどこまで信用して良いのか疑問に思うのです。
支配した側はなんとか正当化しようとするのでは、しかも軍備をもっていますから支配する都合の良い政策を進めたのではと考え被害者である韓国政府の方が正しいのではと思います。
あなたの意見が正しいのかもしれませんが、
これは メッセージ 12399 (aqua5872 さん)への返信です.
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