>>タイ
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/03/04 11:34 投稿番号: [121628 / 203793]
>タイランドと韓国の場合、列強に囲まれ、その存亡が左右される類似点を持ってますが
タイと朝鮮半島の違いは、タイはインドシナ半島において、仏印と英印との緩衝地帯的な役目を与えられてしまったという事であり、朝鮮半島は世界最強国とも言えたロシアがそこを制圧すれば、海を隔てた日本列島に匕首を突き付ける形で存在している事です。
前者は、英仏が欧州の二大列強だったし、また土地続きだったので、是非とも緩衝地帯が英仏ともに欲しかった訳です。しかも、英仏とも、本国を遠く離れたインドシナ半島で拮抗してしまう訳ですからね。
後者は、南下政策を取るロシアが、日本本土に迫る勢いだった。ロシアが朝鮮を制圧したら、万事休すですよ。日本という国家の保全はパー。せっかく明治維新で、おっとり刀で不器用ながらも国際デビューした日本が、わずが30年かそこらでもう列強に首根っこを掴まれるのは、まっぴらゴメンでしょう? そう思いませんか? だったら、せっせと軍備を整え、裏では必死に外交でシンパを増やす訳です。(同情心を喚起したり、エサをちらつかせたりしながら。)
だから、軍事的に弱いなら弱いなりに、アタマを使わないと、食われてしまう。
だから、日英同盟など、(別の投稿で申したように)「戦」以前の「政」で大方の決着を付けなくてはならない。そして、決着を付けました。(事実、バルチック艦隊が対馬沖に向かうまでに寄港できる港は、少なかった。これでロシア海軍将兵は戦う前に困憊した。これも日本の外交の勝利。)
なるほど、日本はイギリスの使い物かもしれない。しかし、この場合、日本も戦争に勝つ為にイギリスをうまく利用できた訳です。イギリスに向かって「あなたも得、私も得。いいことずくめでしょう?」と説得した結果が外交の勝利です。(これがお互い単なるビジネスライクな関係であったのは、戦後にイギリスの対日感情が徐々に悪化する事でも分かりましょう。)
つまり、日露戦争は、後の時代の朝鮮動乱やベトナム戦争みたいな「代理戦争」的な色彩は、それほど濃厚ではないのです。(つまり、日本自体が「主役」として戦闘した、という事。)
要するに、国と国との関係も、企業や暴力団組織のように、合従連衡や分裂や合併吸収などを繰り返してきた訳ですね。(一口で言えば「食うか食われるか」)
そして、それをする際の「仁義」(倫理観)は、時代と共に変わって行くという事ですね。
これは メッセージ 121612 (tsu_561 さん)への返信です.
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