なぜ韓国人は、嫌われるのか?

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神々の軍隊: 補足

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/02/23 02:10 投稿番号: [119439 / 203793]
>P15に、「いや、事のはじめから、その無意識では己の敗北を知っていたのだ。」という記述があるので、著者も同意見ではないでしょうか。

私もここの「無意識」に注目したのです。私の意見は「無意識」ではなくて、「有意識」ということなのです。

>>三島自決後、群集はプログラムを停止・・・
ーーかなり実情とちがうみたい。

>間違いなのかどうか今となっては確かめようも無い事ですが、銀座以外ではどうだったんでしょうね。一人の新聞記者の意見では何とも言いようがないですね。私は自分自身が見たり確認した事以外は、何が「間違い」なのかは、この手の論議では難しいと考えています。

これは、私が何人もに感想を聞いた結果です。当時高校生か大学生か以上であった人に話はきけるのですが、今までの人生で一番記憶に残ること、影響を受けたことはなにですか、と聞けば、「多くの」人が三島事件と答えるかな、と想像します。これは検証可能です。

従って、あの3時のお茶の時間に入った、という表現は、比ゆ的な用法でなければ、は完全にまちがいです。

余談ですが。   昭和44年初頭出版の本の、共産主義者いいだももと三島の対談

いいだ:ところで、三島さんは1970年には死ぬ覚悟ですってね(笑い)。   ひとつ70年には一乗寺下り松あたりで決闘しますか・・・

で、いいだがその事件の後この自分の言葉についてどう思った、などは面白い想像ですね。

>>ーー三島が、・・・

>これについては全く何とも申し上げようがないですね。色々な人が色々な推測をしている一つの例としか見なしようがありません。

現行憲法の方がより天皇の本質に近いという個所ですね。これに付いては三島が実際何箇所でかいています。

「明治憲法は、西欧の政治体制と日本の国体との折衷的結合を企て、立憲君主制という擬制を採用した.   戦後日本はこの折衷的な結合を切り離され、議会制民主主義と、象徴天皇との不即不離の関係に入ったが、、一面このために、かえって天皇の文化的、非権力的本質が明らかになったといえる。   回復すべきは再びグロテスクな折衷主義ではない、いわんや、文化の連続性を破壊する共和制でもない。(文化防衛論・反革命宣言)

これと、三島が他所で書いている「明治憲法の欠点は、それがドイツ第二帝国憲法の丸写しであり、天皇に権力をもたせたことである」(天皇は純粋権威にとどまるべし途の主張)との言葉をくみあわせれば、三島が、現行憲法の象徴天皇の方が天皇の本質により近いと主張しているのは明らかです。

>文科系の論文や著作に関しては、理科系ほど法則がきっちりしてませんから、どちらの立場を採用するかしかないと考えますがどうでしょう。

たしかにそうですね。が、私見での価値からいうと、結構重要な文献を見落としてますね。「私の昭和史」は2.26事件を研究する上では必須のものとみてます。   神々の軍隊の後記にある文献の著者には何人かに電話したことがあるのですが(事実の間違いや評価の問題について)、結構みんな本をよんでいないですよ。   ・・・・は読みましたか、と聞くと、いや知らない、などという答えがかえってきたりしました。   あなたは一体だれですか、などと質問されたこともありました)。

>財閥とのつながりなどを浮き彫りにして、「天皇万歳」を叫びながらも金で動いていたという事を分かりやすく説明しているところでしょうか。

これはたとえば、北とか亀川とか、石原産業の石原とか、でしょうか。   これは周知のじじつです。北は金を三菱あたりからもらっていたようですね。   が、前に書いたとおり、北は「覚めたる詩人」ですから、こんなところはわりきっていたとおもいます。つまり、「支那革命外史」を書いた北にとって一番大事なのは何だろうか、ということです。

前にも書いたと思いますが、皇道派の将軍連中も、青年将校に対する影響力はゼロといってもいいです.   ましてや、「財界」はまったく影響力をもっていませんね。親玉とみなされた真崎の人物像は「虚妄の歴史」が結構正確に書いていると思います.

青年将校の間でも年齢的なへだたりで、後期の青年将校は、西田税あたりを政治ブローカーと思っていたみたいで、維新達成の暁にはに西田あたりはぶった切ろう、などといって、大蔵大尉あたりに止められています.

天皇陛下万歳を叫びながらも、金で動いたと言う部分がやや不明です。

しらべるとわかるのですが、北や西田当たりも最後のころは、青年将校たちを止められなくなっていますね。やつ等がやると言うのなら仕方が無いだろう、止めるわけにはいかんだろう、ということです。事件の具体的勃発時期は北などにとってはまったく予測不能だったみたいですね。
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