北送事業2(引用)
投稿者: nihonnneko2001 投稿日時: 2002/12/30 20:31 投稿番号: [108664 / 203793]
■2.帰国運動のお膳立て■
帰国運動の発端は、この年の8月11日、神奈川県川崎市の在日朝鮮人グループが祖国に集団帰国する事を決議し、受け入れを要請する手紙を金日成主席に送った所から始まる。翌日、この決議は東京で開かれた在日朝鮮人の中央大会で帰国実現決議として採択され、9月8日には金日成が平壌で開かれた共和国創建10周年記念慶祝大会で「共和国政府は、在日同胞が祖国に帰り、新しい生活がいとなめるようすべての条件を保障する」と演説した。
こうした矢継ぎ早の動きから、張明秀は帰国運動は北朝鮮から朝鮮総連への指示によるものと考えている。この時期、北朝鮮は日本以外にも帰国を呼びかけ、サハリンから約2千名、中国東北地方から数千名の帰国を実現させた。
当時の北朝鮮では、56年からのフルシチョフによるスターリン批判が波及し、金日成の個人崇拝に対する批判が党中央委員会で噴き出し、中ソも介入してきた。金日成は大規模な血の粛清でこの危機を乗り切ったのだが、その後で起死回生を狙って自分の個人的名声を内外にアピールするイベントとして、この帰国運動を仕立て上げた、というのが張秀明の推察である。
これは メッセージ 108663 (nihonnneko2001 さん)への返信です.
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