イルボン卒業証書、もらえたニダ!(涙)
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2007/03/24 21:42 投稿番号: [4497 / 7922]
まあ、そりゃあ良かったけど、帰国したら「チンイルパ」扱いされねえか?
>当時、戦況の悪化から3年制の本科は2年半に短縮された。馬さんはさらに「敗戦となれば、関東大震災の時のように『朝鮮人が暴徒となる』といううわさが流れ、危険が及ぶ」と判断。必要単位を修め、1945年6月、朝鮮へ戻った。このため、教授会は「卒業証書保留」としたという。
ほう。敗戦の2カ月前に、敗戦を見越してウマく行動できたわけだ?
ま、敗戦時の朝鮮人の狼藉については置いておいて、これはつまり、単位はほぼ履修できていたけど、卒業前に勝手に朝鮮に帰ったから、教授会も「そりゃあマズいだろう」と、「卒業保留」にしたんだろう?
>終戦後、大学教員の職を得ようとしたが、大学卒業の証書がなく、採用を見送られる苦い経験もした。
そりゃあ無資格で採用されるわけねえべ?
その前に、群馬の大学にきちんと証書発行の交渉をしたのか????
それとも、やっぱ正式な卒業前にズラカったのが、うしろめたかったか?
>「日本で高い水準の大学教育を受けたのに学歴として認められず、人生が変わった」と振り返る。
仕方ないだろう。学歴は、エビデンスが必要なんだから。
一枚の「卒業証書」という紙切れ、または「卒業証明書」という紙切れが、非常に大切なんだから。
>「父は群馬大を卒業したことを誇りにしてきた。ずっとこの日を待っていたと思う」。三女の愛令(エリョン)さん(47)はしみじみと話した。
まあ、良かったね。
これが、そのオヤジが死んじゃった後だったら、その娘サンが、群馬大学に「父は差別されて、卒業を留保された! 謝罪と賠償を(以下略」なんてなってたかも?(笑)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
卒業式:62年目の証書 韓国の馬さん「うれしくて悲しい」−−群馬大 /群馬
3月24日11時1分配信 毎日新聞
◇戦前学んだ韓国の馬さん「うれしくて悲しい」
群馬大の06年度卒業式が23日、前橋市内であり、戦前、工学部の前身、桐生工業専門学校で学びながら「卒業証書保留」とされていた韓国人の馬景錫(マチョンソク)さん(85)に当時の書式で卒業証書が授与された。
卒業生1731人のトップで壇上に上がった馬さんは、証書を大きく広げて会場に示し、喜びを表した。「うれしくて悲しい。62年間、これがぼくの足を引っ張った」と涙を浮かべた。
当時、戦況の悪化から3年制の本科は2年半に短縮された。馬さんはさらに「敗戦となれば、関東大震災の時のように『朝鮮人が暴徒となる』といううわさが流れ、危険が及ぶ」と判断。必要単位を修め、1945年6月、朝鮮へ戻った。このため、教授会は「卒業証書保留」としたという。
終戦後、大学教員の職を得ようとしたが、大学卒業の証書がなく、採用を見送られる苦い経験もした。「日本で高い水準の大学教育を受けたのに学歴として認められず、人生が変わった」と振り返る。その後、米国留学などを経て、石油化学関係の技術者となり、74年には日韓合弁会社を設立。現在はエネルギー関連企業の名誉会長を務めている。
今回の卒業証書の授与は、05年に工学部創立90年記念の特別表彰者11人の1人に選ばれ、その際、証書がないことを知った関係者の働きで実現した。「父は群馬大を卒業したことを誇りにしてきた。ずっとこの日を待っていたと思う」。三女の愛令(エリョン)さん(47)はしみじみと話した。【藤田祐子】
3月24日朝刊
最終更新:3月24日11時1分
>当時、戦況の悪化から3年制の本科は2年半に短縮された。馬さんはさらに「敗戦となれば、関東大震災の時のように『朝鮮人が暴徒となる』といううわさが流れ、危険が及ぶ」と判断。必要単位を修め、1945年6月、朝鮮へ戻った。このため、教授会は「卒業証書保留」としたという。
ほう。敗戦の2カ月前に、敗戦を見越してウマく行動できたわけだ?
ま、敗戦時の朝鮮人の狼藉については置いておいて、これはつまり、単位はほぼ履修できていたけど、卒業前に勝手に朝鮮に帰ったから、教授会も「そりゃあマズいだろう」と、「卒業保留」にしたんだろう?
>終戦後、大学教員の職を得ようとしたが、大学卒業の証書がなく、採用を見送られる苦い経験もした。
そりゃあ無資格で採用されるわけねえべ?
その前に、群馬の大学にきちんと証書発行の交渉をしたのか????
それとも、やっぱ正式な卒業前にズラカったのが、うしろめたかったか?
>「日本で高い水準の大学教育を受けたのに学歴として認められず、人生が変わった」と振り返る。
仕方ないだろう。学歴は、エビデンスが必要なんだから。
一枚の「卒業証書」という紙切れ、または「卒業証明書」という紙切れが、非常に大切なんだから。
>「父は群馬大を卒業したことを誇りにしてきた。ずっとこの日を待っていたと思う」。三女の愛令(エリョン)さん(47)はしみじみと話した。
まあ、良かったね。
これが、そのオヤジが死んじゃった後だったら、その娘サンが、群馬大学に「父は差別されて、卒業を留保された! 謝罪と賠償を(以下略」なんてなってたかも?(笑)
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卒業式:62年目の証書 韓国の馬さん「うれしくて悲しい」−−群馬大 /群馬
3月24日11時1分配信 毎日新聞
◇戦前学んだ韓国の馬さん「うれしくて悲しい」
群馬大の06年度卒業式が23日、前橋市内であり、戦前、工学部の前身、桐生工業専門学校で学びながら「卒業証書保留」とされていた韓国人の馬景錫(マチョンソク)さん(85)に当時の書式で卒業証書が授与された。
卒業生1731人のトップで壇上に上がった馬さんは、証書を大きく広げて会場に示し、喜びを表した。「うれしくて悲しい。62年間、これがぼくの足を引っ張った」と涙を浮かべた。
当時、戦況の悪化から3年制の本科は2年半に短縮された。馬さんはさらに「敗戦となれば、関東大震災の時のように『朝鮮人が暴徒となる』といううわさが流れ、危険が及ぶ」と判断。必要単位を修め、1945年6月、朝鮮へ戻った。このため、教授会は「卒業証書保留」としたという。
終戦後、大学教員の職を得ようとしたが、大学卒業の証書がなく、採用を見送られる苦い経験もした。「日本で高い水準の大学教育を受けたのに学歴として認められず、人生が変わった」と振り返る。その後、米国留学などを経て、石油化学関係の技術者となり、74年には日韓合弁会社を設立。現在はエネルギー関連企業の名誉会長を務めている。
今回の卒業証書の授与は、05年に工学部創立90年記念の特別表彰者11人の1人に選ばれ、その際、証書がないことを知った関係者の働きで実現した。「父は群馬大を卒業したことを誇りにしてきた。ずっとこの日を待っていたと思う」。三女の愛令(エリョン)さん(47)はしみじみと話した。【藤田祐子】
3月24日朝刊
最終更新:3月24日11時1分
これは メッセージ 1 (amanattousuki2003 さん)への返信です.