>往々にして
投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2002/03/13 18:23 投稿番号: [894 / 3669]
>人を動かすのは理念だろうと思う。
これはその通りなんでしょうが、理念と行動の関係は一方的なものというより互いにendogenousなものじゃないかと思います。
行動が理念を規定するという因果関係も当然考慮されるべきでしょうね。
アメリカの哲学者A.B.シュムークラーは、商品資本主義の展開と人々の意識について、このendogeneityを分析しています。
>現代的な価値観に照らした場合の意義を検証する
「自分自身にとっての歴史の意義を確認する」ことは必要だし重要なことでしょう。
これは自分の存在意義に関わる問題かもしれません。
問題になるのは、
「自分と他人の価値観は異なっていることが当たり前である」
「現代>過去という関係は絶対的な事実というわけではない」
の二点だろうと思います。
この点を明確に意識していないと、実りのない誤解に振り回されることになりかねませんので。
>単なる「裏切り者」と云うことならば、別に現代的な価値観でなくても永遠にそういうことでしょう。
個人的に、これは結構難しい問題じゃないかと思います。
タレイランやフーシェにも彼等なりの言い分はあるでしょう。
ネー元帥はナポレオンにとっては裏切り者かもしれませんが、フランス国民にとってはそうとは言い切れない。
五代十国の政治家である馮道は、民族主義的な視点からは裏切り者・節操なしの典型かもしれませんが、民を異民族の略奪から守ったという意味では、身を捨てて仁をなしたと政治家という評価も可能です。
「裏切り者」の定義は、「正義」の定義と表裏一体なのではないかと思います。
>著者は親日の擁護を装いながら、実のところ親日を貶める結果を招来するやも知れませんね
韓国社会に響かぬ形で議論を進めればそうなる恐れはありますね。
これは メッセージ 883 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
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