Re: 日本に学問を伝授したという定説が誤り
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2008/08/11 01:20 投稿番号: [3427 / 3669]
>夫馬教授の研究によれば、朝鮮通信使たちは日本に一方的に学問を伝授する立場ではなかった。1719年の通信使だった申維翰(1681〜1752年)は、「『退渓集』(訳注:韓国の大儒者、李退渓の著作集)が(日本の)どの家でも声を出して読まれている」との記録を残したが、18世紀中葉以後事情が変わったというのだ。朝鮮が宋代の朱子学に埋没しているうちに、日本は伊藤仁斎、荻生徂徠などによって独自の学問世界を作っていった、という主張だ。夫馬教授は、「1764年の朝鮮通信使は、日本の最新学術情報の収集に熱心だった。この時、両国の学術関係は既に様変わりしていた」と主張する。
ストロー理論ってのがありますように、大昔から別に朝鮮経由でなくても本場中国の学問の直輸入が可能でしたからねぇ。
日本の儒学で興味深いのは、朱子学の普及と並行して、伊藤仁斎、荻生徂徠などがそれに対する懐疑や批判を行ない、それもまた普及するといった多様性が存在したことかと考えます。
この辺が朱子学一辺倒に縛られた朝鮮と最大の違いではないかと。
これは メッセージ 3422 (imp_mania_jk さん)への返信です.
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