Re: 海苔養殖は日本より先ニダ
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2008/05/20 08:27 投稿番号: [3405 / 3669]
>1714年当時、光陽県監だったホ・シムは金汝翼の墓標を書きながら「金汝翼は丙子胡乱の時、義憤から出陣してから太仁島で暮し、ナムソブで海苔養殖する方法を開発した」と記録した。金汝翼が太仁島で暮らした時期は1640年から1660年の間で、日本が最初の海苔養殖時期と主張する元禄時代の1688 年から1703年の間より、最高60年近く前のことだ。
これについては以下のようなものがあります。
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=102761&st=writer_id&sw=numlk01「このような事情は粛宗40年(1714)当時光陽県監だった虚心(1713.4 1714.9在任)が作ったという金汝翼の墓標に記されている。 この墓標は残っていないが金海金氏家系図に残っている。」
つまり、半世紀後に書かれた伝記の類であってその碑文自体も残っておらず、家系図に書いてあるというだけの話なんですねぇ。
さらに言いますと、18世紀中盤から19世紀前半の人である丁若𨉷が『經世遺表』の第14冊「均役事目追議」で「海苔」にふれた際、方言で「朕(チム)」というなんて書いているんです。
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=102973&st=writer_id&sw=numlk01ところが、現在では海苔を「キム」と言いますよね。「沈菜(チムチェ)」が「キムチ」に変化したのと同じく、チムからキムへと変化したのが、19世紀半ばから20世紀初頭までの間と推定されるので、17世紀の「金」氏による養殖起源説は怪しいものになってしまいます。
ただし、丁若𨉷が聞き間違えたとの可能性はないとはいえませんが、そうであったならば、丁を根拠にできないことになります。
つまり、金汝翼養殖起源説は音が変化してしまった後世の語彙から遡及した後付けの「伝説」と解釈せざるを得ず、かといって丁若𨉷の錯誤であるとすれば、丁の記述を根拠にすえている現在の韓国人の説は妥当性にヒビが入ると。あちらを立てればこちらが立たず。
これは メッセージ 3384 (imp_mania_jk さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/3405.html