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農村振興運動

投稿者: monju_jz 投稿日時: 2006/12/25 15:15 投稿番号: [3140 / 3669]
友邦シリーズ第2弾です。


「財政・金融政策から見た朝鮮統治とその終局」
  財団法人   友邦協会   朝鮮資料編纂会
朝鮮総督府   元財務局長   水田直昌氏

本当に良くなってきたのは、昭和6,7年、宇垣総督の農村振興運動の後です。私はある所で言いましたが、朝鮮には春窮という熟語がございます。
これはつまり昭和5,6年前までは、秋の米をとって年貢を納めて、残りはたいてい3月まで食ってしまいます。年貢が搾取ですから・・。
そうすると、6、7月頃の麦、粟の取れる迄どうするかというと、どんぐりを食い、草の根、松の皮、若芽、こぶ、ひじき、つまり草根木皮、海草、これは本当に文字通りそうです。そういうもので三、四、五の約百日ぐらいは命をつなぐというのが、免れざる運命なりとして、当然のこととしてやっておった。そこで春窮という言葉が出た。

〇端境期がえらくはやく来る。

麦、粟、豆をとっているうちに米がとれるということになって、浮かぶ瀬が無い。
米をとる者は前借しておる。
米をとると年貢を納めたり、前借にとられてしまう。
そこで宇垣総督の農村振興運動は、高利債の整理、収支の均衡、食糧の充実ということに重点がおかれた。収支の均衡というのは家計収支の均衡です。
この三つを目標にして、農村振興運動というものが起こされたわけです。
幸いに米が豊作でもあったし、高利貸しの整理というと全体の二,三割で、金融組合だけでは足らぬから、預金部の低利資金を何百万円か毎年金融組合に、殖産銀行及び連合会を通じて借りた。
高利債の借り換えをやっても、又すぐ借りるようではいけないから、三日にあげずその家に臨んだものです。
そうして便所の世話からやった。というのは朝鮮は厠をつくる習慣が農村にありません。
そこらにいって小便、大便をやってくる。
町の中ではオンドルの中に壷があって、夜壷に小便して、朝窓からパッと捨てる。
朝通って行くときに窓からやられることがある。
そこで便所を造る費用を予算で補助してくれと言って来た。
農村振興運動で・・。
僕等そんな馬鹿なことがあるかと言ったが聞いてみるとやはり便所をつくって、甕を埋めて、それを肥料として使うことを指導するわけです。そういうことからやった。

〇民度が低いのですね

低いのです。農村振興はそういうところからやった。それから堆肥を作ることをやかましくやった。
〇堆肥は元は作らなかったのですか?

そんなことはわからない。肥料をやるという観念がてんでない。

〇随分幼稚なものですね。

そういうことから育て上げていったわけです。米でもパッとばらまく。苗代なんかつくらない。

〇じき播きですか?

じき播きです。苗代をつくってやること、植えるのは縄を引っ張って正条植えでやること、そういうことから教える。私が驚いたのは、便所を造ることに補助金を出してやるということでした。
そういうことは日本人に珍しいことです。
そういうように手を引いてやる。

(中略)

貯蓄の奨励にしても、在来は金をためても、何とかかんとか因縁をつけて取り上げてしまう。
だから貯蓄なんかばからしい。
これを払拭するのに相当かかる。
金をためたらためただけのことがあるということを実地で知らせなければならぬ。
金をためても余計に税金なんか取らぬのだ、ためたら私有財産で自分のものになるのだということを実施をもって教え込むには、10年、15年かかる。
昭和6,7,8年ころの農村振興以後やっとそれが出かかって来た。金とかいろいろ朝鮮の資源がヲット開発される。日本の資本が入ってくる
産物が多くなる。
急激に富の蓄積が昭和7,8年以後出来てきた訳です。

http://blog.livedoor.jp/tkknrak/archives/24974885.html
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