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巡査の居る風景五

投稿者: monju_jz 投稿日時: 2006/06/16 10:13 投稿番号: [2935 / 3669]


  趙教英はぼんやりと、暗い旧アメリカ領事館の前を歩いて居た。彼は考えるともなく、昨夜来の事を考えて居た。
  ………昨夜家に帰ってから、又急に署長から呼び出しがあったのだ。彼は急いで署に行くと、恐る恐る署長室に這入って行った。署長は黙って彼に一枚の紙と日割の給料の袋とを渡した。ははあ、来たなと思った。四五日前、徽文高等普通学校の生徒とK中学の生徒とが大勢で喧嘩をした。その懲戒について彼は課長と少し言い争ったのだ。
  彼は黙ってその紙切れを受けとって表に出た。それから(家には帰らないで)灯の中を暫くさまよって、其の金を握ったままふらふらと、S門外の淫売屋にはいって行った。そして今晩の今になって、やっと出て来たのであった。…………
  彼は今それを遠い昔のことの様に思い出した。
  薄い霧が低く這って居た。街燈の光が街路樹の枝を通して、縞になって鋪道に落ちた。「一体、どうしろと云うのだ。」と、彼は濁った頭の奥で、何だか他人のことでも考える様に考えた。
「彼等はどうなるのだ。」妻子の青白い顔が目前にちらつき初めた。
  と、ふと彼は、彼の知って居る裏通りのある二階屋の一室のことを思い浮べた。
  其処には粗末な椅子が五六脚と、手製のテーブルが一つ置いてある。テーブルの上には蝋燭が二本立って居る。蝋燭の光はそこに集った同志達の顔をおぼろげに照し出す。赤い顔をして卓を叩くもの。髪をかきむしって考えて居るもの。黙って紙の上に鉛筆を走らせるもの。みんなが前途の希望に燃え立って居るのだ。やがて彼等の間からひそひそした相談が洩れる。「京城―上海―東京」「…………………」…………………。
  彼はぼんやりとこんな有様を画いて見た。そして自分自身の惨めさをそれに比べて見た。「どうにかしなくてはいけないのだ。とにかく。」

  気がつくと何時の間にか殖産銀行の横に来て居た。冷たい扉を閉した此の大きな石造建築の柱の蔭にはチゲの群がその担架を横に捨てたまま石ころの様に眠って居た。
「オイ、オイ。」彼は煙草臭い彼等の中に身を投ずると、その中の一人を揺り起そうとした。「………………。」何か訳の分らぬことをいいながら、其のチゲは脂だらけの眼を眠そうに一寸開けたかと思うと、直ぐに又閉じて了った。うるさそうに痩せた手を動かして、教英の手を払いのけて一つ寝がえりを打つと、白い田虫に囲まれた其の口から長い煙管がコトンと鋪道に落ちた。
「お前は、お前たちは。」突然何とも知れぬ妙な感激が彼の中に湧いて来た。彼は一つ身を慄わすと、彼等のボロの間に首をつっこんで泣き初めた。
「お前たちは、お前たちは。此の半島は………此の民族は………。」
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http://www.wao.or.jp/library/nakajima/junsa.htm
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