巡査の居る風景二
投稿者: monju_jz 投稿日時: 2006/06/16 09:00 投稿番号: [2923 / 3669]
二
銅色の太陽は其凍った十二月の軌道を通って、震えながら赤く禿げた山々に落ちて行った。北漢山は灰色の空に青白く鋸形に凍りついて居る様に見えた。其頂上から風が光の様にとんで来て鋭く人の頬を削いだ。全く骨も砕けて了いそうに寒かった。
毎朝、数人の行き倒れが南大門の下に見出された。彼等のある者は手を伸ばして門壁の枯れ切った鳶の蔓を浮かんだまま死んで居た。
ある者は紫色の斑点のついた顔をあおむけて、眠そうに倒れて居た。
漢江の氷の上では、爺さん達が氷に穴をあけて、長い煙管で煙を吹きながら寒そうに鯉をつついて居た。その岸の林からは貧しい人達が温突にくべる薪をどんどん盗って行った。薄青い山の様に氷を満載しても曳いて行く牛の顎には、涎が氷柱になって下って居た。
雪は余り降らなかった。路はカチカチに凍り固まって了った。其路の上を色々な足が滑ったり、転んだりして歩いて行った。
朝鮮人の船の様な木履。日本のお嬢さんのピカピカした草履。支那人の熊の足の様な毛靴。今にも転びそうな日本の書生の朴歯。磨き上げた朝鮮貴族学生の靴。元山から逃げて来た白色ロシヤ人の踵の高い赤靴。それから足も大分出かかった担手―荷物を背にのせて運搬する朝鮮人―のぼろ靴。まれにはいざりの乞食の膝から下の断たれた大腿部。その足は寒さのため、街頭で赤くはれ上って居た。
一九二三年。冬が汚なく凍って居た。
凡てが汚なかった。そして汚ない儘に凍りついて居た。殊にS門外の横町ではそれが甚しかった。
支那人の阿片と蒜の匂い、朝鮮人の安煙草と唐辛子の交ったにおい、南京虫やしらみのつぶれたにおい、街上に捨てられた豚の臓腑と猫の生皮のにおい、それ等がその臭気を保ったまま、此のあたりに凍りついて了って居る様に見えた。
でも朝方だけは流石に空気もいくらか澄んで居た。夜が明けかかって枯れたアカシヤの枝に鵲が鳴き初める頃になると、少しは清らかな呼吸も出来るのであった。いつも其の頃になると、此の横町から沢山の男がぼんやりして併し寒そうに手をこすりながら帰って行った。
其処には色々な女が集って居た。金東蓮もそうした女の一人であった。彼女はまだ新米で友達がなかった。ただ彼女と仲がよかったのは福美という女だけだった。姓は誰も知らなかった。其の女はいつもひどく青い顔を――彼女達はみんなそうだが、殊に――して居た。「あの人は中々えらい人なんだよ。」とその女のことを隣の婆さんが彼女達に話して居た。併し、どう、えらいのだか誰も知らなかったし、彼女も又言おうとはしなかった。そして毎日きまって四時頃になると腕をまくって注射をした。
東蓮には、どうして、此の女にそんな金がはいるか不思議だった。そこである時、聞いて見た。すると彼女は悲しそうに笑いながら言った。
――お前なんか、まだ新米だから、私みたいに稼げるもんか。――
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銅色の太陽は其凍った十二月の軌道を通って、震えながら赤く禿げた山々に落ちて行った。北漢山は灰色の空に青白く鋸形に凍りついて居る様に見えた。其頂上から風が光の様にとんで来て鋭く人の頬を削いだ。全く骨も砕けて了いそうに寒かった。
毎朝、数人の行き倒れが南大門の下に見出された。彼等のある者は手を伸ばして門壁の枯れ切った鳶の蔓を浮かんだまま死んで居た。
ある者は紫色の斑点のついた顔をあおむけて、眠そうに倒れて居た。
漢江の氷の上では、爺さん達が氷に穴をあけて、長い煙管で煙を吹きながら寒そうに鯉をつついて居た。その岸の林からは貧しい人達が温突にくべる薪をどんどん盗って行った。薄青い山の様に氷を満載しても曳いて行く牛の顎には、涎が氷柱になって下って居た。
雪は余り降らなかった。路はカチカチに凍り固まって了った。其路の上を色々な足が滑ったり、転んだりして歩いて行った。
朝鮮人の船の様な木履。日本のお嬢さんのピカピカした草履。支那人の熊の足の様な毛靴。今にも転びそうな日本の書生の朴歯。磨き上げた朝鮮貴族学生の靴。元山から逃げて来た白色ロシヤ人の踵の高い赤靴。それから足も大分出かかった担手―荷物を背にのせて運搬する朝鮮人―のぼろ靴。まれにはいざりの乞食の膝から下の断たれた大腿部。その足は寒さのため、街頭で赤くはれ上って居た。
一九二三年。冬が汚なく凍って居た。
凡てが汚なかった。そして汚ない儘に凍りついて居た。殊にS門外の横町ではそれが甚しかった。
支那人の阿片と蒜の匂い、朝鮮人の安煙草と唐辛子の交ったにおい、南京虫やしらみのつぶれたにおい、街上に捨てられた豚の臓腑と猫の生皮のにおい、それ等がその臭気を保ったまま、此のあたりに凍りついて了って居る様に見えた。
でも朝方だけは流石に空気もいくらか澄んで居た。夜が明けかかって枯れたアカシヤの枝に鵲が鳴き初める頃になると、少しは清らかな呼吸も出来るのであった。いつも其の頃になると、此の横町から沢山の男がぼんやりして併し寒そうに手をこすりながら帰って行った。
其処には色々な女が集って居た。金東蓮もそうした女の一人であった。彼女はまだ新米で友達がなかった。ただ彼女と仲がよかったのは福美という女だけだった。姓は誰も知らなかった。其の女はいつもひどく青い顔を――彼女達はみんなそうだが、殊に――して居た。「あの人は中々えらい人なんだよ。」とその女のことを隣の婆さんが彼女達に話して居た。併し、どう、えらいのだか誰も知らなかったし、彼女も又言おうとはしなかった。そして毎日きまって四時頃になると腕をまくって注射をした。
東蓮には、どうして、此の女にそんな金がはいるか不思議だった。そこである時、聞いて見た。すると彼女は悲しそうに笑いながら言った。
――お前なんか、まだ新米だから、私みたいに稼げるもんか。――
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これは メッセージ 2900 (monju_jz さん)への返信です.
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