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Re: 巡査の居る風景一の3

投稿者: monju_jz 投稿日時: 2006/06/15 14:47 投稿番号: [2900 / 3669]
  電車は昌慶苑前で下りた。
  横町では強いアセチリンの光に肺病やみの売卜者の顔が闇から浮び上った。古本屋の店先で手をぶるぶる慄わせながら、老人が声を立てて諺文を読んで居た。
  角を一つ曲がると、突然彼は向うから来た一人の男にお辞儀をされた。彼も一つ鸚鵡返しに頭を下げてから見ると猟虎の襟の外套をつけた立派な紳士だった。
  ――一寸お尋ね致しますが。――と、その人は彼に非常に丁寧な言葉で、××氏――総督府の高官――の住居を尋ねたのだ。(××氏の所へ行くなら此の人も高官かもしれない。)紳士にそんな丁寧な言葉をかけられたことのない彼は、一寸まごつきながらその××氏の住居を教えた。彼の返事をきくと一度丁寧に頭を下げて教えられた方に曲て行った…………。
  と、その時だった。彼はある一つの大発見をして愕然として了ったのだ。
  ――俺は、俺は今知らない中に嬉しくなって居はしなかったか。――と彼はぎょっとしながら自分に尋ねて見た。
  ――あの日本の紳士に丁寧な扱いを受けたことによって極く少しではあるけれども喜ばされて居たのだ。丁度子供が大人に少しでもまじめに相手にされると、すっかり喜んで了うように、俺も今無意識の中に嬉しがって居たのだ………………。もう先刻の青年も笑えなかった。府会議員の候補のことも云えなかった。
  ――これは俺一人の問題ではない。俺達の民族は昔からこんな性質を持つように歴史的に訓練されて来て居るんだ。
  ふと横を見ると男が道傍にしゃがんで小便をして居るのだ。彼は何げなく「立小便」することを知らない此の半島の人達の風習を考えて見た。
  ――此の一寸した習慣の中にも永遠に卑屈なるべき俺達の精神がひそんで居るのかも知れぬ。――彼はそんなことを、ぼんやり考えて見た。

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