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植民地朝鮮の日本人  ⑧

投稿者: whiterose20051 投稿日時: 2006/06/14 04:15 投稿番号: [2887 / 3669]
1877年後半期から82年前半期の日本の対朝鮮輸出貿易総額は、約460万円で
その約88%がイギリス製の金巾(カナキン)など綿布を中心とする外国製商品であった。
また、輸入総額は約510万円で、その30%が米、19%が金地金、16%が皮革及び
毛皮、11%が豆類であった。そこで、当時の日本と朝鮮との貿易を「綿米交換体制」と呼んでいる。

日本人の輸出入に関税自体を認められていなかった朝鮮政府は、1877年9月、豆毛浦に海関を設
けて輸出入を取り扱う朝鮮商人に課税することにした。

すると、対馬出身者を中心とする居留民170〜180人は、「不当課税反対」を
叫んで、海関と役所におしけた。
そうして、課税を撤廃させた。

貿易商・仲買を金融面から支えたのは銀行であった。
1878年6月、日本政府から営業資金として銀銅貨10万円の貸し付けを受けて
、渋沢栄一は釜山に第一銀行の支店を開設した。

また、1880年には元山に、1882年には仁川に、1887年には漢城に出張所を開設した。

そして、「日韓貿易に関係した短期の商業金融業務を主として営んでいた」

具体的に言えば、十二分にある資金を貸し出して米の買占めをやらせ、綿製品
を輸入させたのである。
また銀行は植民地金銀の吸収にも務めていた。
第一銀行支店は1884年から朝鮮政府に借款を供与することになった。

1902年には銀行券を発行し、1905年には発券銀行である韓国銀行に発展し、
朝鮮併合後は朝鮮銀行になっていった。
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