Re: 保坂教授
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/04/08 13:23 投稿番号: [2757 / 3669]
私はこの人の身の置き方について不信感を感じる。記事もあまり信用できないような印象を受ける。韓国にとっても、この方自身にとっても、この方のとる姿勢は不幸であるように思う。
記事の言及についてはさほどどうともいうべき内容はない。外一島の議論については単純でない問題を含んでおり、また、もとよりそれが竹島であるとしても「明治時代初期に独島を韓国の土地と認定した文書」などという言及は過ぎたものというべきであろう。
それにしても、いくら帰化したからと、どうしてこういう書き方しかできないのだろうか。本当にこうした姿勢が日韓の相互理解のために有効であると信じているのだろうか。彼がこのような書き方をすることでどれほど日韓の間でその相互理解を願う人々の努力を踏みにじっているか分からないのだろうか。真に相互理解を願うのであれば、決してこうした書き方はできないはずなのだ。
日本が憎いのだろうか。それならばその憎さのために韓国を利用すべきではないと思う。単によりよい日本を願うのだろうか。だったらより冷静・沈着に学問を深めて罵倒ではなく建設的な検討と言及を行うべきである。韓国によほどの愛情があるのであろうか。だったら、韓国の主張に誤りがないかを検証しつつ、その上でその主張を補い、よりすぐれた主張となるように、また日本にもそれを伝えるべく汗を流して努力すべき。
どのような立場であれ「問題はこの外務省サイトの見解、すなわち日本政府の見解自体が歪曲と隠ぺいがぎっしり詰まっているというところにある。歪曲と隠ぺいの手法は日本政府の見解に従おうとする御用学者らが使う手法だ。彼らの学者らしくない態度の代表的な例が、明治時代初期に独島を韓国の土地と認定した文書に対する歪曲と隠ぺい、無視だ」などという書き方は、普通なら思いとどまるのではないだろうか。
こうした言及に一般の韓国人は喝采を叫ぶのだろうか。私だったらいい気持ちはしないものであるが。韓国を批判し日本の側からの立場に立つような韓国人の本でもこういうひどい決めつけはあまりお目にかからないように思われる。
さて、記事の内容がとくに見るべきところがないと言う点についてはともかくとして、少し気になるところがある。
>1905年1月、日本政府が独島の日本領土編入を決めた閣議文書に隠岐諸島〜独島間の距離を「85里」と記録したのを見ても「里」は「海里」で計算する方法が合う。
これ、原文は「西北八十五浬(カイリ)」であって、「八十五里」ではない。
また、島根県から提出された書類における「里」をもとより「浬」と解釈すべき根拠、その用例、資料的な裏づけなどは確保できているのだろうか。その当たり前の作業が記事に言及されていないのもどうかと思う。
記事の言及についてはさほどどうともいうべき内容はない。外一島の議論については単純でない問題を含んでおり、また、もとよりそれが竹島であるとしても「明治時代初期に独島を韓国の土地と認定した文書」などという言及は過ぎたものというべきであろう。
それにしても、いくら帰化したからと、どうしてこういう書き方しかできないのだろうか。本当にこうした姿勢が日韓の相互理解のために有効であると信じているのだろうか。彼がこのような書き方をすることでどれほど日韓の間でその相互理解を願う人々の努力を踏みにじっているか分からないのだろうか。真に相互理解を願うのであれば、決してこうした書き方はできないはずなのだ。
日本が憎いのだろうか。それならばその憎さのために韓国を利用すべきではないと思う。単によりよい日本を願うのだろうか。だったらより冷静・沈着に学問を深めて罵倒ではなく建設的な検討と言及を行うべきである。韓国によほどの愛情があるのであろうか。だったら、韓国の主張に誤りがないかを検証しつつ、その上でその主張を補い、よりすぐれた主張となるように、また日本にもそれを伝えるべく汗を流して努力すべき。
どのような立場であれ「問題はこの外務省サイトの見解、すなわち日本政府の見解自体が歪曲と隠ぺいがぎっしり詰まっているというところにある。歪曲と隠ぺいの手法は日本政府の見解に従おうとする御用学者らが使う手法だ。彼らの学者らしくない態度の代表的な例が、明治時代初期に独島を韓国の土地と認定した文書に対する歪曲と隠ぺい、無視だ」などという書き方は、普通なら思いとどまるのではないだろうか。
こうした言及に一般の韓国人は喝采を叫ぶのだろうか。私だったらいい気持ちはしないものであるが。韓国を批判し日本の側からの立場に立つような韓国人の本でもこういうひどい決めつけはあまりお目にかからないように思われる。
さて、記事の内容がとくに見るべきところがないと言う点についてはともかくとして、少し気になるところがある。
>1905年1月、日本政府が独島の日本領土編入を決めた閣議文書に隠岐諸島〜独島間の距離を「85里」と記録したのを見ても「里」は「海里」で計算する方法が合う。
これ、原文は「西北八十五浬(カイリ)」であって、「八十五里」ではない。
また、島根県から提出された書類における「里」をもとより「浬」と解釈すべき根拠、その用例、資料的な裏づけなどは確保できているのだろうか。その当たり前の作業が記事に言及されていないのもどうかと思う。
これは メッセージ 2749 (bosintang さん)への返信です.
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