>日韓歴史共同研究報告書
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2005/06/18 09:18 投稿番号: [2512 / 3669]
むちゃくちゃ面白いですよ。私もすべて読む気力も体力もなく、ただ討論記録だけを読みました(流し読みですが)。ぜひとも、みなさんに討論記録を読むことをお勧めします。日韓の考え方の違いなど、さまざまなことが見えてきます。
第1分科では、日本書紀・広開土王碑文をどう扱うかの問題などが言及されていますが、百済や半島の国々が日本より優位にあったとかなんだとか言うよりも現在の価値観では考えがたいそれぞれの国の立場・意識があったとする日本側と、それを否定的に見る韓国側の意見の対立が見て取れるように思われました。
第2分科では、「壬申倭乱の歴史的意義」や「中近世の韓日関係史に関する認識の共通点と相違点」の討論記録あたりがおすすめかと思いました。ほかの討論記録も面白かったです。前者では日本側の北島教授とかいう方が、他の日本側の教授らに冷たくあしらわれている印象を記録から受けました。日本側も一枚岩ではなかったのかもしれません。後者ではそもそも韓国側の学者が検討の土台とした資料が専門書ではなく、単なる大学受験参考書で、本屋でたまたま手にとったものに過ぎないことが批判されています。
第3分科では討論記録はなく批評文があるだけなのであまり面白くはないですが、「韓日協定と韓日関係改善の方法」における小此木教授の批判文は傑作です。これまで報道ステーションであまりいい印象はなかったのですが、一気に小此木先生のファンになりました。ほかの批評文にも面白いものはありますが、できればやはり討論記録が欲しかったです。
論文は読む必要はないので、ぜひとも皆さんも討論記録をお読みになられることをお勧めします。
私の印象をいくつか書いておきます。まず、何のための歴史共同研究であったかという点に、両者に溝があるように思われました。この点では韓国側があくまで教科書の歴史記述を念頭において自分たちの歴史観を提示してきたことは、私は必ずしも否定的に見るべきではないと思いました。反対に、日本側は教科書以前にまず細論にこだわる傾向があり、またしっかりした学術会議の形、あるいはそれを通して正確な共通認識を探るという立場が反映されていたように思われました。
そういうこともあって、韓国側の論文はずいぶんと原則論、あいまい、概論的なものが多く、必ずしも学術的な価値が高いものでもないような印象を討論記録から受けました(論文の本文は読んでいません)。
日本側のものは、むしろ、原則論や概論よりは、どちらかというと細論や学術的にしっかりした論文という形を追求しているように見えました。その一方で第2分科で日本側のどなたかだったかが資料収集に至らない点があり、韓国側にそれを指摘され、それを認めざるをえなかった点などは日本側の課題でもあったように思います。
全体として、韓国側はまずは結論ありきの原則論、概論提示であり、日本側はそれ以前にまず細論を確認するという立場だったように見えます。
以上、あくまでも「討論記録」を読んだだけの私の個人的な感想です。
第1分科では、日本書紀・広開土王碑文をどう扱うかの問題などが言及されていますが、百済や半島の国々が日本より優位にあったとかなんだとか言うよりも現在の価値観では考えがたいそれぞれの国の立場・意識があったとする日本側と、それを否定的に見る韓国側の意見の対立が見て取れるように思われました。
第2分科では、「壬申倭乱の歴史的意義」や「中近世の韓日関係史に関する認識の共通点と相違点」の討論記録あたりがおすすめかと思いました。ほかの討論記録も面白かったです。前者では日本側の北島教授とかいう方が、他の日本側の教授らに冷たくあしらわれている印象を記録から受けました。日本側も一枚岩ではなかったのかもしれません。後者ではそもそも韓国側の学者が検討の土台とした資料が専門書ではなく、単なる大学受験参考書で、本屋でたまたま手にとったものに過ぎないことが批判されています。
第3分科では討論記録はなく批評文があるだけなのであまり面白くはないですが、「韓日協定と韓日関係改善の方法」における小此木教授の批判文は傑作です。これまで報道ステーションであまりいい印象はなかったのですが、一気に小此木先生のファンになりました。ほかの批評文にも面白いものはありますが、できればやはり討論記録が欲しかったです。
論文は読む必要はないので、ぜひとも皆さんも討論記録をお読みになられることをお勧めします。
私の印象をいくつか書いておきます。まず、何のための歴史共同研究であったかという点に、両者に溝があるように思われました。この点では韓国側があくまで教科書の歴史記述を念頭において自分たちの歴史観を提示してきたことは、私は必ずしも否定的に見るべきではないと思いました。反対に、日本側は教科書以前にまず細論にこだわる傾向があり、またしっかりした学術会議の形、あるいはそれを通して正確な共通認識を探るという立場が反映されていたように思われました。
そういうこともあって、韓国側の論文はずいぶんと原則論、あいまい、概論的なものが多く、必ずしも学術的な価値が高いものでもないような印象を討論記録から受けました(論文の本文は読んでいません)。
日本側のものは、むしろ、原則論や概論よりは、どちらかというと細論や学術的にしっかりした論文という形を追求しているように見えました。その一方で第2分科で日本側のどなたかだったかが資料収集に至らない点があり、韓国側にそれを指摘され、それを認めざるをえなかった点などは日本側の課題でもあったように思います。
全体として、韓国側はまずは結論ありきの原則論、概論提示であり、日本側はそれ以前にまず細論を確認するという立場だったように見えます。
以上、あくまでも「討論記録」を読んだだけの私の個人的な感想です。
これは メッセージ 2509 (u26699jp さん)への返信です.
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