馬鹿にされる日本人の英語-2
投稿者: takeitfire 投稿日時: 2004/10/30 03:02 投稿番号: [2312 / 3669]
私がひそかに「Mr.イングリッシュ」と名付けた男性がいる。
Mr.イングリッシュは、アメリカで一年間語学留学していた経験を持つ、生まれも育ちも英語圏ではない、あるアジア出身の人間である。彼は、アメリカでの留学を終えた後、次は日本語を勉強するために日本に留学に来た。
私が、なぜアジア人である彼のことをMr.イングリッシュなどとこっそり名付けたのには一応訳らしきものがあったりする。
そのMr.イングリッシュ、とにもかくにもひたすら英語を使う、正確に言うと‘使い過ぎる’傾向がとてつもなく強いからなのである。
自国でも日本語を勉強していただけのことはあって、日常のちょっとした日本語会話はできる人であったが、それでも日本人に対して彼の口から日本語を話しているのを聞いたことはほとんどないに等しかった。一般には、たった一言二言でも日本語が‘言える’のならば、日本人相手に思わず言ってみたくなるのが普通なのだが、彼の場合は全くそうではなかった。
せっかく日本に日本語を学びに来たというのに、実践の場では一向に使おうとはしなかったのだ。店で品物の値段を聞く時も英語であったし、道を尋ねる際にも英語、日本人の友人に電話をかける時にも英語を使い、おまけにその両親にまで英語で用件を伝える始末だった。例え、相手が英語がわかろうがわからまいが、彼にはどうでもいいことだったらしい。とっさの一言、感嘆詞でさえも英語で言ってしまうあたりに、彼の心意気を感じずにはいられなかった。と同時に、彼との関係に少し距離を置いてみたくなったりもした。
ともかく、彼の日本での第一言語は、常に「英語」であった。英語を使わなくてもいい時に、使うべき場面ではない時にでも、Mr.イングリッシュは、やはりイングリッシュであったのだ。
Mr.イングリッシュが徹底して英語を使うのには、彼なりのちゃんとした理由が存在していた。
日本で英語を使うということは、自分の存在価値なるものが高くなるのだと、Mr.イングリッシュは言い切った。日本人は「英語ができなくてそのことで劣等感を持っている人ばかりだから」と、わざと意識して英語を使うようにしているのだそうだ。相手が英語を聞いて慌ててしまうその姿に、何とも言い知れぬ快感を感じているとのこと。英語を使い、アジア人である自分の存在価値を上げ、最初から相手に優位に立てるということが、Mr.イングリッシュがひたすら英語を使う紛れもない「彼なりの理由」であったのだ。
どんな時にでも、誰に対してでも「英語を使う=存在価値が上がる」ということを考えている時点で、彼の存在価値がどの程度のものなのか、私にはわかりかけていた。
それに加え、Mr.イングリッシュは、出身地を聞かれると毎度決まって「アメリカ」と答えていた。‘事実’を知っている私に対して、「アメリカ留学の後に日本に来たんだから、まんざら間違いでもないだろう」というのが彼の言い訳であった。「どこから来ましたか?」ではなく、「出身地は?」と丁寧に聞かれても、やはり「アメリカ」と言うのが口癖となっていた。それもMr.イングリッシュの存在価値を上げるのに一役買っているとでも思っていたのだろう。
Mr.イングリッシュは、私に大層余計なアドバイスまでくれた。
「日本人から褒められたり、尊敬の眼差しで見られたいのだったら、絶対英語を使うべきだね!」
発音をひねって発し、早口で英語を使うと、日本人はおろおろしたり羨ましがるので痛快な気持ちが湧き上がってくる、というのが彼の説明であった。
私がそのご丁寧なアドバイスに従ったことは、今まで一度もない・・・。
「僕が親日になった理由」 金智羽(著)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4860620275/qid%3D1094746782/249-7503994 -2570741
Mr.イングリッシュは、アメリカで一年間語学留学していた経験を持つ、生まれも育ちも英語圏ではない、あるアジア出身の人間である。彼は、アメリカでの留学を終えた後、次は日本語を勉強するために日本に留学に来た。
私が、なぜアジア人である彼のことをMr.イングリッシュなどとこっそり名付けたのには一応訳らしきものがあったりする。
そのMr.イングリッシュ、とにもかくにもひたすら英語を使う、正確に言うと‘使い過ぎる’傾向がとてつもなく強いからなのである。
自国でも日本語を勉強していただけのことはあって、日常のちょっとした日本語会話はできる人であったが、それでも日本人に対して彼の口から日本語を話しているのを聞いたことはほとんどないに等しかった。一般には、たった一言二言でも日本語が‘言える’のならば、日本人相手に思わず言ってみたくなるのが普通なのだが、彼の場合は全くそうではなかった。
せっかく日本に日本語を学びに来たというのに、実践の場では一向に使おうとはしなかったのだ。店で品物の値段を聞く時も英語であったし、道を尋ねる際にも英語、日本人の友人に電話をかける時にも英語を使い、おまけにその両親にまで英語で用件を伝える始末だった。例え、相手が英語がわかろうがわからまいが、彼にはどうでもいいことだったらしい。とっさの一言、感嘆詞でさえも英語で言ってしまうあたりに、彼の心意気を感じずにはいられなかった。と同時に、彼との関係に少し距離を置いてみたくなったりもした。
ともかく、彼の日本での第一言語は、常に「英語」であった。英語を使わなくてもいい時に、使うべき場面ではない時にでも、Mr.イングリッシュは、やはりイングリッシュであったのだ。
Mr.イングリッシュが徹底して英語を使うのには、彼なりのちゃんとした理由が存在していた。
日本で英語を使うということは、自分の存在価値なるものが高くなるのだと、Mr.イングリッシュは言い切った。日本人は「英語ができなくてそのことで劣等感を持っている人ばかりだから」と、わざと意識して英語を使うようにしているのだそうだ。相手が英語を聞いて慌ててしまうその姿に、何とも言い知れぬ快感を感じているとのこと。英語を使い、アジア人である自分の存在価値を上げ、最初から相手に優位に立てるということが、Mr.イングリッシュがひたすら英語を使う紛れもない「彼なりの理由」であったのだ。
どんな時にでも、誰に対してでも「英語を使う=存在価値が上がる」ということを考えている時点で、彼の存在価値がどの程度のものなのか、私にはわかりかけていた。
それに加え、Mr.イングリッシュは、出身地を聞かれると毎度決まって「アメリカ」と答えていた。‘事実’を知っている私に対して、「アメリカ留学の後に日本に来たんだから、まんざら間違いでもないだろう」というのが彼の言い訳であった。「どこから来ましたか?」ではなく、「出身地は?」と丁寧に聞かれても、やはり「アメリカ」と言うのが口癖となっていた。それもMr.イングリッシュの存在価値を上げるのに一役買っているとでも思っていたのだろう。
Mr.イングリッシュは、私に大層余計なアドバイスまでくれた。
「日本人から褒められたり、尊敬の眼差しで見られたいのだったら、絶対英語を使うべきだね!」
発音をひねって発し、早口で英語を使うと、日本人はおろおろしたり羨ましがるので痛快な気持ちが湧き上がってくる、というのが彼の説明であった。
私がそのご丁寧なアドバイスに従ったことは、今まで一度もない・・・。
「僕が親日になった理由」 金智羽(著)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4860620275/qid%3D1094746782/249-7503994 -2570741
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/2312.html