>カウラ脱走―II
投稿者: trek022 投稿日時: 2003/12/06 21:13 投稿番号: [1632 / 3669]
>結局1千名が脱走して、その中350名が射殺された。
下記のカラウ市の公式日本語サイトを始め各種のサイトでは脱走事件の日本人犠牲者は
>231名が亡くなり、その際の自殺者も含めると、247名の日本兵が亡くなりました。(この事件時に4名のオーストラリア兵も亡くなりました。)
としています。350人という数字はどこから出てきたのでしょうか。
http://www.holidayfarm.com.au/cowra/cowra.htm>
脱走騒ぎの渦中に鉄条網を越えた一部の捕虜のなかには勿論天皇の親族もいた。彼は外で待っていた道案内の保護の中、無事に日本に帰ったという。
天皇の親族といえば皇族ですが、日本の皇族でオーストラリア軍の捕虜となったり、ましてオーストラリアの捕虜収容所から奇跡の脱出をした者はいません。皇族と婚姻関係のある家柄の者かもしれませんが、具体的な氏名がわからない以上、単なる噂なのかも知れません。
>収容所はもうないが今でも建物の残骸は少し残っているのにその壁には今でも韓国語で「家に帰りたい」と書かれた落書が残っている。
このハングルの落書きはイルクジさんが自分で確認されたのでしょうか。
これは メッセージ 1630 (ilkuji_99 さん)への返信です.
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