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歌をつくろうかな

投稿者: kitunetuki38 投稿日時: 2003/02/06 09:48 投稿番号: [1327 / 3669]
初めまして。皆さんの話興味深く読んでおります。今までRomばかりしていましたが、このスレ上げついでにカキコします。
随分前ですが赤城艦長が推薦しておられた秘録大東亜戦史、蘭印編が手元にあります。このなかで朝鮮人の出てくるくだりで印象的なものがありますのでご紹介します。

秘録   大東亜戦史   蘭印編
発行者   森高繁雄
編集者   田村吉雄
昭和28年10月15日発行   338頁
富士書苑

死刑囚   (72ー83頁)

朝日新聞社企画部次長     河合   政

歌をつくろうかな   (78ー79頁)

  曽根大尉に死刑の判決のある直前、法廷は同じく抑留所(スマラン)で、激しく抑留者を殴った木村成坤君(25)の公判をはじめていた。この明瞭そのものの朝鮮青年は、自分のやったことには絶対まちがいも不法もないと主張しつづけ、日本軍人の命令でやったことだからというように弁明させるべく、平賀弁護人が、懸命に説いたがついに主張をつづけて、9月9日公判そして11日には死刑の宣告をうけてしまった。
「なぜ殴ったか」
  という裁判長に、
「生意気だからだ」
  と応じ、
「竹棒で殴ったか」
  に対し、
「イヤもっと固い棒だ」
  と答えるこの青年を救うみちは全くなかったのだ。
  あまり相手を怒らしてはと平賀氏が制しても、「いいんですよ、覚悟してるんだから、僕は悪いなんて決して考えやしませんよ」と言うばかりだった。
  死刑は明らかであったし、しかも相手はいそいでいた。
  11日に死の宣告をうけた成坤君は翌日から独房に移され、厳重な監視下におかれたが、最後まで朗らかで「なにを言ってやがんだい」と言ったような調子、しかし、9月14日平賀弁護人が「何か書いておきなさい」とペンと紙を渡すと「歌をつくろうかな」と笑って、次の手記をのこした。
  11日宣告を受けて翌12日より独房に移さる。あさ毎の起床合図の空砲の音に、今朝も目ざめて窓越しに望楼の方を見やれば、衛兵のもてる銃の先よりかすかに煙り立ちて消えぬ。このときふと思い出でたるままにしるす。
  銃声に
ふるさとの夢破れて
  煙の如く消ゆ
  思い出の山川
  そのすがた変らねど
  変わりたる我がすがた
  死はおそれずといえども
  友の情けに我は哭くかな

  死刑判決の日、平賀弁護人が待っている部屋へ、”お早うございます”と快活に言って入って来た彼は、キリッとした軍属の服装の肩から正しく水筒をつるしていた。
  今まで例のないことだったので、
「ホウ、水筒ですね」
  と平賀氏が言うと、彼はニコニコしながら、
「エエ、おなかをこわすといやですから、熱いお茶をつめて来たんです」
  と答えたという。それまでこらえた平賀氏は、この答えでもう胸がいっぱいになり、何も言えなくなったと語っていた。
  木村成坤君が第2回目の死刑執行だった。
  目かくしを拒んだ彼は、それまで一度も、口に出さなかった”朝鮮独立万歳”を叫んで死んでいった。
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