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黒田創編『〈外地〉の日本語文学選3

投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/02/02 22:40 投稿番号: [1323 / 3669]
  朝鮮』(1996,新宿書房)に,

中島敦『巡査のいる風景−一九二三年の一つのスケッチ』
があります。
  1920年,父(教師)の転勤にともない,11歳で朝鮮に渡った中島は,26年に,中学校を卒業,内地で一高,帝大に進みます。これは,一高の『校友会雑誌』に,29年に発表されたもの。

  時は1923年,舞台は半島,主人公は朝鮮人の巡査。

  電車の中で日本人の女が朝鮮人青年に席を譲ろうとするが,朝鮮人は女が使った「ヨボ」(朝鮮人への蔑称)という言葉を聞きとがめる。
  府会議員選挙演説で,たった一人の鮮人候補の演説に「黙れ,ヨボの癖に」と野次がかかる。
「彼の気持ちは近頃「何か忘れ物をした時に人が感じる」あのどことなく落ち着かない状態になった。果たされない義務の圧迫感がいつも頭のどこかに重苦しく巣くっているという感じでもあった。しかしその重苦しい圧力がどこから来るかということに就いては,彼はそれを尋ねようとしなかった。」
  言い訳に思いつくのは妻と子ども。

  高官らしき日本の紳士から丁寧な言葉で道を尋ねられ,教えると頭を下げてお礼を言われた。
「−俺は,俺は今知らないうちに嬉しくなっていはしなかったか。−と彼はぎょっとしながら自分に尋ねてみた。」
  毎朝,数人の行き倒れの出る南大門。凍る漢江。川沿いの林から薪を盗んでいく貧民。牛の顎の下のつらら。乞食の切断された大腿部。売春窟に入ってきた新米。

1923年,京城の冬は汚く凍っていた。

  内地で「独立自尊の精神」を説いていた校長が,京城に赴任するとうってかわって「従順の徳」を説く。日本史の時間,若い教師は幾分困惑しながら遠慮がちに征韓の役を話す。「−こうして,秀吉は朝鮮に攻め入ったのです」。ほかの国の話でもあるような風に鈍い反応しかみせない朝鮮人生徒。

  東京から帰ってきた総督を京城の役で狙撃する朝鮮人。すかさずその腕を抑える主人公。とたんに日頃の圧迫感が20倍の重みでやってくる。
「捕らわれたものは誰だ。捕らえたものは誰だ」

  東京に出稼ぎに行った亭主が震災に遭ったため淫売に身を落とす女。客から,震災での虐殺の噂を聞き,半狂乱になって,道行く人々に事件のひどさを訴え,巡査に取り押さえられる。
「−何だ,お前だって,同じ朝鮮人のくせに,おまえだって」

  朝鮮人学生と日本人学生の喧嘩の始末をめぐって上司と言い争い,失職する主人公。家に帰れず,精算した最後の給料でカルボチプで夜を明かす。
一瞬,裏通りの一室でのひそひそ声の会話が頭に浮かぶ。「京城−東京−上海」。
  殖産銀行の前に群がるチゲ担ぎをゆさぶる。
「お前たちは,お前たちは。この半島は……この民族は……」


  朝鮮人からも日本人からも孤立する巡査の鬱屈と,植民者,支配者の子たる中島の心情は、どう重なりあったんでしょうか。
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