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「日帝を見る二分法的な認識」1

投稿者: bosintang 投稿日時: 2002/10/15 10:46 投稿番号: [1245 / 3669]
朝鮮日報2002年10月11日

日帝を見る二分法的認識−朴枝香ソウル大教授-西洋史

帝国主義が最高潮に達した20世紀初頭、西洋のいくつかの強大国は、地球表面積の80%を植民地もしくは保護領の名で支配していた。大英帝国と言う名にふさわしく、イギリス一国だけでも全世界の人口と土地の4分の1を支配した。 これは、現在地球上に居住する人口の大多数が植民主義を経験した社会に住んでおり、彼らの生活の多くの部分が、あいかわらず植民支配が残した効果によって影響を受けていると言うことを意味する。

植民主義の二つの顔「文明と野蛮」

植民支配は、本質上、協力者を必要にする。 どんなに強力な武器を所持していたとしても、異邦人である支配者たちは、窮極的に少数であるから、統治のために必ず現地人たちの協力が必要になる。 現地人たちの中で,誰が協力者になったのだろうか?   その中には、個人的な栄達のために協調した人々ももちろんいたが、一部は、外国勢力の力を借りてでも自身の社会を近代の段階と引き上げることが急務だと信じた近代論者たちであった。 植民主義が「文明と野蛮」と言う構図を持って周辺部の社会に浸透したとき、祖国の近代化を渇望する知職人は、植民主義が伴った近代の理想に眩惑されるしかなかった。だからといって彼らが無計画に植民主義に協力したのではなかった。 彼らは「躊躇する協力者」たちであった。 彼らは近代性を一定部分受け入れながら、植民主義者たちを適切に利用し、統制することが可能だと信じた。 彼らの楽観的な理想は結局虚像であることが判明したが、当時の状況で、彼らはその道が最善であると考えたのだろう。

われわれの社会でも、親日派問題が、ともすれば政治的な脈絡で提起され、利用されている。しかし親日派として一括りに罵倒される人々の中には、間違いなく「躊躇する協力者」たちがいたはずだ。日帝時代の韓国人のうち一部が,自身と家族を犠牲にして独立闘争に献身する英雄的な生を生きたとすれば、 植民主義が携えてきた近代的、物質主義的な進展や恩恵に魅了され、日帝の支配をほめたたえた人々も確かにいた。 そしてこの両極端の間には、多様な政治的なスペクトルを見いだすことができる。 しかし、われわれの社会は、植民支配について多様な対応と立場があったことを認めようとしない。 われわれはこれではなければあれ式の、二分法的な認識に慣れており、日帝時代を眺める時もこのような視角が圧倒的である。

従属民たちがいかにして支配者たちを「憎悪しながら同時にそんなにも羨むことができようか」という問題が、反植民主義理論家であるアルベール・メンミによって提起されて以来,この問題は絶えず重要な争点であり続けた。 植民支配者を「憎みながら模倣する」従属民の揺れるイメージが、最近大きく認識されていることは、人間の生が現実的に内包する複合性を見過ごすまいとする努力の反映である。 このような多元的な視角で見れば、ある人物の生涯全体を眺望することなく、特定時期の行為だけを問題視することや、功は認めず過だけを強調することも正しい接近法になりえない。 たとえば春園・李光スの場合
は、 彼の初期の小説群が、この地のどれほど多くの若者の胸にあかりを灯したかを見過ごしたまま、親日行為のみを認識させては,彼を全体的に理解することはできない。さらにわれわれは、彼を親日派と簡単に見なしてしまったまま、彼がどんな思想的な軌跡を通じて民族主義から親日に至ったのかを、きちんと知らせるわけでもない。
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