またも
投稿者: bosintang 投稿日時: 2002/09/02 12:09 投稿番号: [1160 / 3669]
産経,黒田で申し訳ないけれど……。
2002/09/01 (産経新聞朝刊)
緯度経度 ソウル 黒田勝弘
親日派弁明と民主化 ( 9/ 1)
日本で話題のベストセラー『親日派のための弁明』(金完燮著)について韓国のマスコミもやっと一部が紹介し始めている。日本でのこの本の人気は一種の社会現象である。数十年間にわたって韓国および日本国内の贖罪(しょくざい)史観派から「謝罪と反省」を言わされ続けてきた日本人の欲求不満のあらわれだからだ。
この社会現象に知らん顔をしたのではジャーナリズムとしては失格である。気に食わない話だからなかったことにして読者に知らせないというのでは、民主主義社会のジャーナリズムではない。韓国マスコミもやっと正気に戻りつつあるということか。
今のところ目についた韓国での紹介は三点だが、それでも紹介の仕方はどこか素直(?)でない。たとえば東亜日報(八月二十七日)の三十行足らずの東京発の記事はこう書いている。
「この本が韓国で出版されたときも日本の代表右翼新聞である産経新聞は“歴史をまともに見る韓国人が現れた”と興奮した。(略)しかし“日本の良心”といわれる朝日新聞は二十五日付の書評で“この本は日本が主張してきた大東亜戦争肯定論と同じだが問題は韓国人が書いたということだ”としながら“韓国発大東亜の亡霊”と批判した」
韓国が国際的に難しい状況にあったころ、その経済発展と安保努力を高く評価した産経新聞は韓国マスコミから「日本の良心」とほめられたものだが、今や朝日新聞が「日本の良心」らしい。ただ比較語を使うのなら、右翼の産経に対し朝日は左翼なはずだが。
それはともかく、朝鮮日報の東京特派員は自社発行の「週刊朝鮮」(八月二十二日号)でこの本の人気ぶりを紹介しているが、人気の背景についての分析が面白い。つまり、韓国がW杯サッカーで大活躍したことから、日本で広がっている韓国に対する警戒や嫉妬(しっと)がその背景にあるというのだ。
日本人記者の話を引用するかたちをとっているが、はて? 韓国人がいまなおW杯に興奮しているのは分かるとして、日本人のあの本への関心の根はもっと深いのではないか。
もう一つは韓国日報(八月二十六日付)のコラム「地平線」で「自生的親日派」と題し次のように書いている。
「どんな考えを持ち、どんな本を書くかは基本的には個人の自由に属する。また民主社会とは多様な意見が共存する社会だ。誰でも自分の見解を述べることができる。ドイツでも新ナチ主義者たちが登場していることを考えながら、できるだけそのように考えようとしてもほろ苦い味はなかなか消えない。ある“自生的親日派”が自己合理化のため過去、親日だった先輩たちのために“弁明”しているのだと簡単に見過ごしていいものだろうか」
「自生的親日派」というのは今回、韓国マスコミが『親日派のための弁明』の著者に名付けた言葉だ。日本に影響されたり日本人に教えられた結果ではなく、自分の頭で独自に考えてそういう主張になったという意味である。
韓国マスコミや韓国当局は当初、あの本を日本人による偽作として追及したフシがあるが、やっと本物と納得したようだ。
韓国では一九八〇年代に北朝鮮の影響ではなく韓国社会そのものの土壌から生まれたという意味で「自生的社会主義」とか「自生的共産主義者」というのがはやった。
そういうこともあって韓国社会の「左翼タブー」は崩れたのだが、だから「親日タブー」にだって挑戦する者が出てきてもおかしくないではないか、それが民主化というものだ−と韓国日報のコラムは言いかけながら、まだ納得いかないようだ。
しかし、民主化を誇る韓国で親日派議論だけは弾圧してもいいということが長く続くはずはないだろう。
それにしても「日本支配はいいこともした」という主張に韓国ではなぜそんなに神経をとがらすのだろう。荒唐無稽(むけい)なとんでもないでたらめだからだろうか。でたらめだったら国民みんなから相手にされないのだから、放っておいてもいいではないか。実はどうもそれが「隠されてきた真実」であるため必死になって拒否、弾圧しようとするのではないのか。そんな仮説を立てているところである。
2002/09/01 (産経新聞朝刊)
緯度経度 ソウル 黒田勝弘
親日派弁明と民主化 ( 9/ 1)
日本で話題のベストセラー『親日派のための弁明』(金完燮著)について韓国のマスコミもやっと一部が紹介し始めている。日本でのこの本の人気は一種の社会現象である。数十年間にわたって韓国および日本国内の贖罪(しょくざい)史観派から「謝罪と反省」を言わされ続けてきた日本人の欲求不満のあらわれだからだ。
この社会現象に知らん顔をしたのではジャーナリズムとしては失格である。気に食わない話だからなかったことにして読者に知らせないというのでは、民主主義社会のジャーナリズムではない。韓国マスコミもやっと正気に戻りつつあるということか。
今のところ目についた韓国での紹介は三点だが、それでも紹介の仕方はどこか素直(?)でない。たとえば東亜日報(八月二十七日)の三十行足らずの東京発の記事はこう書いている。
「この本が韓国で出版されたときも日本の代表右翼新聞である産経新聞は“歴史をまともに見る韓国人が現れた”と興奮した。(略)しかし“日本の良心”といわれる朝日新聞は二十五日付の書評で“この本は日本が主張してきた大東亜戦争肯定論と同じだが問題は韓国人が書いたということだ”としながら“韓国発大東亜の亡霊”と批判した」
韓国が国際的に難しい状況にあったころ、その経済発展と安保努力を高く評価した産経新聞は韓国マスコミから「日本の良心」とほめられたものだが、今や朝日新聞が「日本の良心」らしい。ただ比較語を使うのなら、右翼の産経に対し朝日は左翼なはずだが。
それはともかく、朝鮮日報の東京特派員は自社発行の「週刊朝鮮」(八月二十二日号)でこの本の人気ぶりを紹介しているが、人気の背景についての分析が面白い。つまり、韓国がW杯サッカーで大活躍したことから、日本で広がっている韓国に対する警戒や嫉妬(しっと)がその背景にあるというのだ。
日本人記者の話を引用するかたちをとっているが、はて? 韓国人がいまなおW杯に興奮しているのは分かるとして、日本人のあの本への関心の根はもっと深いのではないか。
もう一つは韓国日報(八月二十六日付)のコラム「地平線」で「自生的親日派」と題し次のように書いている。
「どんな考えを持ち、どんな本を書くかは基本的には個人の自由に属する。また民主社会とは多様な意見が共存する社会だ。誰でも自分の見解を述べることができる。ドイツでも新ナチ主義者たちが登場していることを考えながら、できるだけそのように考えようとしてもほろ苦い味はなかなか消えない。ある“自生的親日派”が自己合理化のため過去、親日だった先輩たちのために“弁明”しているのだと簡単に見過ごしていいものだろうか」
「自生的親日派」というのは今回、韓国マスコミが『親日派のための弁明』の著者に名付けた言葉だ。日本に影響されたり日本人に教えられた結果ではなく、自分の頭で独自に考えてそういう主張になったという意味である。
韓国マスコミや韓国当局は当初、あの本を日本人による偽作として追及したフシがあるが、やっと本物と納得したようだ。
韓国では一九八〇年代に北朝鮮の影響ではなく韓国社会そのものの土壌から生まれたという意味で「自生的社会主義」とか「自生的共産主義者」というのがはやった。
そういうこともあって韓国社会の「左翼タブー」は崩れたのだが、だから「親日タブー」にだって挑戦する者が出てきてもおかしくないではないか、それが民主化というものだ−と韓国日報のコラムは言いかけながら、まだ納得いかないようだ。
しかし、民主化を誇る韓国で親日派議論だけは弾圧してもいいということが長く続くはずはないだろう。
それにしても「日本支配はいいこともした」という主張に韓国ではなぜそんなに神経をとがらすのだろう。荒唐無稽(むけい)なとんでもないでたらめだからだろうか。でたらめだったら国民みんなから相手にされないのだから、放っておいてもいいではないか。実はどうもそれが「隠されてきた真実」であるため必死になって拒否、弾圧しようとするのではないのか。そんな仮説を立てているところである。
これは メッセージ 1157 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
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