盗賊国家の成立(4)
投稿者: mochikokuhou02 投稿日時: 2005/09/10 05:06 投稿番号: [531 / 2503]
○
禁(いましめ)し人は嫌疑ありといへども、これによりて異邦、もっとも(わが国の)仁恕を思はん。よろしく拷法を停じ、深く廉問を加へて早く放却すべし。
貞観の韓寇に対する処分です(三代実録)。「つかまえた金正男は容疑者ではあるが、これによって北は日本のしうちを恨むかもしれない。立件せず、丁重にもてなし、適当に取り調べて、はやく北にお返ししてさしあげなさい」という真紀子のたわごとのようです。札付きの犯罪常習国家にひたすら「寛大な国」と思われようとする為政者の迷信は、こんな時代からあったのです。
むろん、一方では「新羅人が奸をいだくこと年久しく、凶毒いまだ悛(や)まず。疑ふらくは、また渡者のていにして隙をうかがふ謀りごとをかまふるか」といい、漂流を装うなどして侵入してくる新羅人を厳しく監視し、謀略に備えるむきもありました。田中真紀子のようなもののひとりヨガリが、そうした努力に水をさし、痴韓を増長させてきたのです。
新羅使を型どおり追放する一方、891年隠岐に侵入した「漂流者」に、コメを与えたりもしています(翌々寛平の大韓寇)。おそらく朝鮮人はうれしそうにコメをたかりながら、「この国にはカネがある」「金庫が道においてある」と目を細めたことでしょう。
○ ・・・暴徒の為め殺されたる堀本陸軍中将(※朝鮮政府に招請され朝鮮軍の近代化につくした練兵教官)はその体を寸断々々に斬りさいなまれ、莚に包みて山中に投棄たり○語学生岡内・池田・黒澤の三人、同じく途中にて暴徒に打ち倒され、なますのごとくに体を切りさいなまれ、○これを救わんが為め公使館より来たりし巡査三名も酷たらしき最期を遂げたり○・・・
「朝鮮変報録・14号」1882より
以前、1882年の「壬午の虐殺」を調べてみたとき、明治の自由民権運動家のほとんどが、「なんのいわれもなく、ミン妃のネコババをなすりつけられて民族ぐるみで皆殺しにされ、遺体に陵辱まで加えられた日本人の被害」よりも、「みじめで遅れた朝鮮」のほうに同情し、「自由に行き来して話し合い」「日本も30年前までは攘夷だった」などと声高にかばう理論、つまりこんにち「進歩的文化人」と自称しているのろまそのままの主張を繰り広げていたことを知りました(国会図書館電子ライブラリー参照)。左翼の考えることは1200年前も120年前もまったく変化がありません。いささかも朝鮮の実相を理解しようとしていないことがはっきりわかります。
「仁恕のひと869」「自由民権のひと1882」「ポストコロニアルの文化人2005」最先端。そのようなかりそめの優越感にひたるだけのために、いまも劣等民族をダシに偽善博愛のポーズをとり、ルック・ミーと自己満足にふけり、恍惚陶然とのぼせあがって思考停止している。そんな机上の空論がいったい何になるのでしょうか。
拉致されたのが健三郎の息子・大江光であればよかった・・・。松井やよりや本田雅和、辻元清美であったらどんなによかったか。いますぐにでも死んでくれ。みんなそうおもっていることでしょう。
こんな連中に取り巻かれ、スポイルされてきた朝鮮人がまともな生き物になるはずがありません。
貞観の韓寇に対する処分です(三代実録)。「つかまえた金正男は容疑者ではあるが、これによって北は日本のしうちを恨むかもしれない。立件せず、丁重にもてなし、適当に取り調べて、はやく北にお返ししてさしあげなさい」という真紀子のたわごとのようです。札付きの犯罪常習国家にひたすら「寛大な国」と思われようとする為政者の迷信は、こんな時代からあったのです。
むろん、一方では「新羅人が奸をいだくこと年久しく、凶毒いまだ悛(や)まず。疑ふらくは、また渡者のていにして隙をうかがふ謀りごとをかまふるか」といい、漂流を装うなどして侵入してくる新羅人を厳しく監視し、謀略に備えるむきもありました。田中真紀子のようなもののひとりヨガリが、そうした努力に水をさし、痴韓を増長させてきたのです。
新羅使を型どおり追放する一方、891年隠岐に侵入した「漂流者」に、コメを与えたりもしています(翌々寛平の大韓寇)。おそらく朝鮮人はうれしそうにコメをたかりながら、「この国にはカネがある」「金庫が道においてある」と目を細めたことでしょう。
○ ・・・暴徒の為め殺されたる堀本陸軍中将(※朝鮮政府に招請され朝鮮軍の近代化につくした練兵教官)はその体を寸断々々に斬りさいなまれ、莚に包みて山中に投棄たり○語学生岡内・池田・黒澤の三人、同じく途中にて暴徒に打ち倒され、なますのごとくに体を切りさいなまれ、○これを救わんが為め公使館より来たりし巡査三名も酷たらしき最期を遂げたり○・・・
「朝鮮変報録・14号」1882より
以前、1882年の「壬午の虐殺」を調べてみたとき、明治の自由民権運動家のほとんどが、「なんのいわれもなく、ミン妃のネコババをなすりつけられて民族ぐるみで皆殺しにされ、遺体に陵辱まで加えられた日本人の被害」よりも、「みじめで遅れた朝鮮」のほうに同情し、「自由に行き来して話し合い」「日本も30年前までは攘夷だった」などと声高にかばう理論、つまりこんにち「進歩的文化人」と自称しているのろまそのままの主張を繰り広げていたことを知りました(国会図書館電子ライブラリー参照)。左翼の考えることは1200年前も120年前もまったく変化がありません。いささかも朝鮮の実相を理解しようとしていないことがはっきりわかります。
「仁恕のひと869」「自由民権のひと1882」「ポストコロニアルの文化人2005」最先端。そのようなかりそめの優越感にひたるだけのために、いまも劣等民族をダシに偽善博愛のポーズをとり、ルック・ミーと自己満足にふけり、恍惚陶然とのぼせあがって思考停止している。そんな机上の空論がいったい何になるのでしょうか。
拉致されたのが健三郎の息子・大江光であればよかった・・・。松井やよりや本田雅和、辻元清美であったらどんなによかったか。いますぐにでも死んでくれ。みんなそうおもっていることでしょう。
こんな連中に取り巻かれ、スポイルされてきた朝鮮人がまともな生き物になるはずがありません。
これは メッセージ 530 (mochikokuhou02 さん)への返信です.